差別に関して補足
2008/06/30
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差別に対して補足させてください。
まず、差別という言葉を使うのはちょっと大げさかもしれません。彼らにも好き嫌いが当然あるという程度でしょうか。
私が来た当時にちょっと感じたことがありまして、その時以来、自分は移民であるけれどいつまでオーストラリアにいるのかはわからない。そのうち帰るかもしれないということをオーストラリアの友人にずーっと言い続けるようにしました。
それを言うと、どうして?オーストラリアが嫌いなの?ずーっと居れば良いじゃないかとほとんどのオーストラリア人は言います。ただ、これを言うのは、いわゆる自国を嫌いだと言われたくない気持ちから出ているだけのことで、こちらのことを旅行者と同じように見ているだけなんですね。お客様です。ですからこちらとしてはその方が居心地が良い。
逆に、日本大好きオージーも中にはいるわけで、ワーホリで日本に行っていたとか、英語教師をやっていたというのもかなりいます。日本はどうよ?日本人はどうよ?と聞くと、それはそれは聞いてて嬉しくなるような賛美が続きます。日本人には本当に良くしてもらったし、差別されたこともないし、最高だという若者は多い。日本人と結婚したいという人も多い。でもね、そんなときに私は言うんですよ。日本人宅におじゃました時も良くしてくれたと言うけれど、では、「貴方の娘さんと結婚させてください」と言ったとたんその日本人の顔色が変わるよ、って。お客様にはいい顔をする日本人も、その話になると突然現実的なことを考え出して、すんなりOKは出さないことが多い。もちろん、こんな時代ですから、好きなら反対はしないよ、という親も少なくないけれど、そういう結婚話とか出てきた時には「外人」であることが表面に出てくるでしょ。
そういえば、大学で日本文化を勉強していたオージーが日本には差別がないなんて偉そうに言うもんですから、部落の事とか、日本の三国人がどういう状況にあるか、教えてやったらびっくりしていましたっけ。ナイトクラブの女の子だったんですが、飲みに行くたびに日本には差別が蔓延している話しになって、学校の勉強より面白いなんて言われてしまいました。酒は美味くなくなっちゃいましたが・・・
まぁ、とにかくそんな感じで、旅行者、長期滞在者として来ている間は良いけれど、では日本人が市民権も取って同じオーストラリア人になった瞬間、彼らにとってこちらはお客様じゃなくなるわけです。日本では考えられないかも知れませんが、彼らの回りにはどんどん異質なアジア人が増えているわけで、仕事もお金も外人に持って行かれる恐怖を彼らはしっかり持っています。
たとえば大学でもそうです。当然枠がありますから、誰でも入れるわけではない。優秀な日本人がある難関の大学に入った時に、教授に、君が入った事によって一人のオーストラリア人が素晴らしい教育を受ける機会を失ったよとはっきり言われたなんて話しもありました。中学高校でも同じです。成績のトップグループの多くはアジア人ですが、それを面白くないと思うオーストラリア人は生徒、親だけではなくて、先生の中にもいます。日本はそういう状況を経験したことがありませんから、ピンと来ないかも知れませんね。
また、まだ日本からの投資が多い頃に、ある建築関係の会社に勤めた友人がいます。当時の日本人は金持ちで、どんどん家が売れ、次から次へと内装工事の注文も彼が取っていた。それはそれは大事にしてくれるわけです。彼がいないと注文が取れませんから。ただ彼の仕事は日本人の接待が中心になるんですね。同僚が仕事をしている時に、空港の送り迎えから、ゴルフ、食事、夜は酒を飲んで楽しむわけです。それでも問題は起きなかった。ただ、バブルがはじけて日本人の注文がどんどん減ってきた。すると彼に対する同僚の反発は半端じゃないものになるわけです。当たり前といえば当たり前。で、彼は普通のオージーの仕事と同じ事も出来るのにその会社を辞めざるを得なくなった。
日本人が日本人としての利点を生かせる仕事についている分には何の問題もないわけです。旅行関係であるとか、和食レストランであるとかです。または日本相手の貿易であるとか、オーナーが日本人、日本人好きであるとか。あるいは、その人にしかできない特殊技能があるなら、回りもその日本人を受け入れる。そこに競争が存在しませんから。ところが一般の仕事をするとなると、彼らの競争相手でしかないんですね。そういうときに外人であることが問題になってくることが少なくないわけです。チクチク嫌味を言われる。
こちらに渡ってきた親たちは自分で事業を始めたり、まさに日本人であること、あるいは特殊技能を利用した仕事に就きますからほとんど問題は出てこない。ところが、まっさらな所からオーストラリア人と勝負をしていかないとならない子供達はまったく状況が変わってくるわけです。
差別にはかなり重い罰があり、表面的にはそれが出てきませんが、嫌がらせとか、無視とかチクチクやられることは頻繁にあると言って良いんじゃないでしょうか。
人種によって就職が左右されてはいけないことになっていますが、会社に入ってから、オージーなら知っているスラング、しかし日本人にはわからないような言葉をわざと仕事上で使って、その日本人がそれを理解できないとなると、言葉的に仕事に支障があるというクレームが同僚から出て、首になったなんて話しも聞いたことがあります。
そういうことを我が家の子供達は彼らの経験の中で知っているんですね。だからオーストラリアで仕事をしたくないと言います。アジア人と言われるのもいい加減疲れたよと言います。
私の場合は、オーストラリア人の中に入って彼らと競争しながら仕事をするという経験が全くなく、常にオーストラリア人から見ればお客様状態を保ちましたから、嫌な経験をしたことはほとんどありません。友達として付き合う分には最高の人たちだと思います。
ここで面白いのは、ハーフの子供達です。知り合いに結構いますが、私は日本人とのハーフが差別にあったとか、チクチク嫌味を言われたという話は聞いたことがありません。
差別がなくなるときがあるとすれば、それは血が混ざる時なかな、なんて気もします。移民の歴史が長いアメリカに行くとそれを感じます。ハーフどころじゃなくて、自分にどの人種の血が流れているのかさえ知らない人もいるくらい混ざってますね。ある時、ちょっとアジア人的な顔をしている肌が茶色のアメリカ人に、彼の人種に関して聞いたことがあります。日本人が16分の1で、メキシコが8分の一で、ああ、ドイツ人の血も入っているらしよ、なんて彼は笑っていました。ここまで来ると、人種という言葉さえ意味を失う。人種による差別ほど馬鹿らしい事がないのがよくわかります。ただ、純粋種からは何か言われることがあるのかもしれませんね。
ハワイだとか混ざっている人が大半の場所では、人種差別は少ないのではないかと思いました。あああ、ハワイでは本土の白人をハウリーと馬鹿にしますね。本土の人に馬鹿にされることに対する仕返しかも知れませんが。
人種差別がなくなれば、今度は宗教とか仕事、収入の差別が出てくるのかも知れませんが、まぁ、差別をなくすとか差別はしたくないとか言うのは簡単でもなかなか現実の中では根が深い問題だと私は思います。
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差別に対して補足させてください。
まず、差別という言葉を使うのはちょっと大げさかもしれません。彼らにも好き嫌いが当然あるという程度でしょうか。
私が来た当時にちょっと感じたことがありまして、その時以来、自分は移民であるけれどいつまでオーストラリアにいるのかはわからない。そのうち帰るかもしれないということをオーストラリアの友人にずーっと言い続けるようにしました。
それを言うと、どうして?オーストラリアが嫌いなの?ずーっと居れば良いじゃないかとほとんどのオーストラリア人は言います。ただ、これを言うのは、いわゆる自国を嫌いだと言われたくない気持ちから出ているだけのことで、こちらのことを旅行者と同じように見ているだけなんですね。お客様です。ですからこちらとしてはその方が居心地が良い。
逆に、日本大好きオージーも中にはいるわけで、ワーホリで日本に行っていたとか、英語教師をやっていたというのもかなりいます。日本はどうよ?日本人はどうよ?と聞くと、それはそれは聞いてて嬉しくなるような賛美が続きます。日本人には本当に良くしてもらったし、差別されたこともないし、最高だという若者は多い。日本人と結婚したいという人も多い。でもね、そんなときに私は言うんですよ。日本人宅におじゃました時も良くしてくれたと言うけれど、では、「貴方の娘さんと結婚させてください」と言ったとたんその日本人の顔色が変わるよ、って。お客様にはいい顔をする日本人も、その話になると突然現実的なことを考え出して、すんなりOKは出さないことが多い。もちろん、こんな時代ですから、好きなら反対はしないよ、という親も少なくないけれど、そういう結婚話とか出てきた時には「外人」であることが表面に出てくるでしょ。
そういえば、大学で日本文化を勉強していたオージーが日本には差別がないなんて偉そうに言うもんですから、部落の事とか、日本の三国人がどういう状況にあるか、教えてやったらびっくりしていましたっけ。ナイトクラブの女の子だったんですが、飲みに行くたびに日本には差別が蔓延している話しになって、学校の勉強より面白いなんて言われてしまいました。酒は美味くなくなっちゃいましたが・・・
まぁ、とにかくそんな感じで、旅行者、長期滞在者として来ている間は良いけれど、では日本人が市民権も取って同じオーストラリア人になった瞬間、彼らにとってこちらはお客様じゃなくなるわけです。日本では考えられないかも知れませんが、彼らの回りにはどんどん異質なアジア人が増えているわけで、仕事もお金も外人に持って行かれる恐怖を彼らはしっかり持っています。
たとえば大学でもそうです。当然枠がありますから、誰でも入れるわけではない。優秀な日本人がある難関の大学に入った時に、教授に、君が入った事によって一人のオーストラリア人が素晴らしい教育を受ける機会を失ったよとはっきり言われたなんて話しもありました。中学高校でも同じです。成績のトップグループの多くはアジア人ですが、それを面白くないと思うオーストラリア人は生徒、親だけではなくて、先生の中にもいます。日本はそういう状況を経験したことがありませんから、ピンと来ないかも知れませんね。
また、まだ日本からの投資が多い頃に、ある建築関係の会社に勤めた友人がいます。当時の日本人は金持ちで、どんどん家が売れ、次から次へと内装工事の注文も彼が取っていた。それはそれは大事にしてくれるわけです。彼がいないと注文が取れませんから。ただ彼の仕事は日本人の接待が中心になるんですね。同僚が仕事をしている時に、空港の送り迎えから、ゴルフ、食事、夜は酒を飲んで楽しむわけです。それでも問題は起きなかった。ただ、バブルがはじけて日本人の注文がどんどん減ってきた。すると彼に対する同僚の反発は半端じゃないものになるわけです。当たり前といえば当たり前。で、彼は普通のオージーの仕事と同じ事も出来るのにその会社を辞めざるを得なくなった。
日本人が日本人としての利点を生かせる仕事についている分には何の問題もないわけです。旅行関係であるとか、和食レストランであるとかです。または日本相手の貿易であるとか、オーナーが日本人、日本人好きであるとか。あるいは、その人にしかできない特殊技能があるなら、回りもその日本人を受け入れる。そこに競争が存在しませんから。ところが一般の仕事をするとなると、彼らの競争相手でしかないんですね。そういうときに外人であることが問題になってくることが少なくないわけです。チクチク嫌味を言われる。
こちらに渡ってきた親たちは自分で事業を始めたり、まさに日本人であること、あるいは特殊技能を利用した仕事に就きますからほとんど問題は出てこない。ところが、まっさらな所からオーストラリア人と勝負をしていかないとならない子供達はまったく状況が変わってくるわけです。
差別にはかなり重い罰があり、表面的にはそれが出てきませんが、嫌がらせとか、無視とかチクチクやられることは頻繁にあると言って良いんじゃないでしょうか。
人種によって就職が左右されてはいけないことになっていますが、会社に入ってから、オージーなら知っているスラング、しかし日本人にはわからないような言葉をわざと仕事上で使って、その日本人がそれを理解できないとなると、言葉的に仕事に支障があるというクレームが同僚から出て、首になったなんて話しも聞いたことがあります。
そういうことを我が家の子供達は彼らの経験の中で知っているんですね。だからオーストラリアで仕事をしたくないと言います。アジア人と言われるのもいい加減疲れたよと言います。
私の場合は、オーストラリア人の中に入って彼らと競争しながら仕事をするという経験が全くなく、常にオーストラリア人から見ればお客様状態を保ちましたから、嫌な経験をしたことはほとんどありません。友達として付き合う分には最高の人たちだと思います。
ここで面白いのは、ハーフの子供達です。知り合いに結構いますが、私は日本人とのハーフが差別にあったとか、チクチク嫌味を言われたという話は聞いたことがありません。
差別がなくなるときがあるとすれば、それは血が混ざる時なかな、なんて気もします。移民の歴史が長いアメリカに行くとそれを感じます。ハーフどころじゃなくて、自分にどの人種の血が流れているのかさえ知らない人もいるくらい混ざってますね。ある時、ちょっとアジア人的な顔をしている肌が茶色のアメリカ人に、彼の人種に関して聞いたことがあります。日本人が16分の1で、メキシコが8分の一で、ああ、ドイツ人の血も入っているらしよ、なんて彼は笑っていました。ここまで来ると、人種という言葉さえ意味を失う。人種による差別ほど馬鹿らしい事がないのがよくわかります。ただ、純粋種からは何か言われることがあるのかもしれませんね。
ハワイだとか混ざっている人が大半の場所では、人種差別は少ないのではないかと思いました。あああ、ハワイでは本土の白人をハウリーと馬鹿にしますね。本土の人に馬鹿にされることに対する仕返しかも知れませんが。
人種差別がなくなれば、今度は宗教とか仕事、収入の差別が出てくるのかも知れませんが、まぁ、差別をなくすとか差別はしたくないとか言うのは簡単でもなかなか現実の中では根が深い問題だと私は思います。
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外国での日本語教育
2008/06/27
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海外で子供を育てる場合、日本語教育をどうするかという話です。その点のご相談がありましたので、私の経験を書きます。
まず、こちらに渡る前に一つのことを決めていました。英語圏だろうが何だろうが、母国語は日本語。母国語というより、Mother tongue というべきでしょうか。母国語という言葉には、その言葉を流ちょうに操るという意味が含まれていないような気がしました。Mother Tongueって母の舌ということになりますが、これの方が本来の母国語って言う感じがしますね。ま、そんなことはどうでもいいのですが。
私たちがこちらに渡ってきた時に、長男は3歳半。次男はちょうど一歳でした。ですから長男でさえもまだカタコトで言葉らしい言葉が形成されてはいませんでした。本来こういう時期に外国語も覚えるのが良いわけですが、逆を言うと、この時期にちゃんと使わせないと日本語も覚えられなくなると言うことでもあり、注意が必要。
私は言葉は文化そのものだという考え方をしています。つまり、日本語がわからずして日本文化はわからないし、日本人でもないという考え方。それと、巷ではよく言われる言葉ですが、国際人。こんな人間は世の中に存在していないと考えていました。海外に出るとよく言われるはずです。お子さんは国際人に育つんでしょうね、とか。まぁ、お世辞だと思えば良いわけですが、本来国際人なんてのはいないんですね。海外に育ったところで、その国のその狭い地域のことしかわからないし、国際的な事がわかるわけがない。日本に育っても、その地域のことが多少わかるだけのことでしか無くて、日本全体を語ることだって出来ないでしょ?海外に育ったら国際人どころか、その国のことさえよくわからないし、日本のことなんか当然わからないし、わけのわからん中途半端な人間になるだけです。言葉だって両方とも中途半端でしょ。
つまり、海外で育つということに良いことなんかありゃしない、ぐらいに考えて真剣に教育計画を練る必要があると思います。
親がこの辺を理解していないと、子供が犠牲になります。日本語もわからん、英語も中途半端。その国のことも他国と思ってるからちゃんと理解しようとしないし、もちろん日本のことなんかまるでわからない子供のできあがりです。
それと、二世っていますよね。今でこそあちこちにいるけれど、かつて二世と言うとアメリカの二世、ハワイの二世、ブラジルの二世、そんな人たちだったと思うのですが、私の叔父がアメリカはシアトル生まれの日系二世で、私が産まれた時からその叔父の存在を見てきました。そして二世とは可哀想な人たちであるというように考えてきました。アメリカではジャップと馬鹿にされ、財産は没収され強制収容所まで入れられた。で、自分の血である日本に来てみれば、ろくすぽ日本語もわからないし、感性も価値観もアメリカ人だから日本人社会には入り込めず、変な外人と呼ばれるだけ。
俺って誰?
これって底知れぬ恐怖だと私は思うんですよ。アイデンティティの欠如ですね。自分がどこから来てどこへ行くのか、自分は誰なのか。これは人間の永遠の問いだとは思うのですが、少なくとも自分は日本人だとか、アメリカ人だとか、あるいはオーストラリア人だとか、自他共に認めるXXX人であるというのが非常に大事だと思うんです。これがないと人間の根本である自我がなくなるというか壊れるというか、なんと言えばいいのでしょう。浮き草のような気がしてくる。自分の居場所がない。帰る場所もないんですね。
こういう考え方を私は昔からもっていたので、オーストラリアへ渡っても子供達は自分は日本人であるというアイデンティティを絶対にしっかりと持たせようと考えていました。そしてそのとっかかりは日本語であるわけです。上に書いたように日本語無くして日本文化も日本人も有り得ませんから。
逆に英語に関してはなーーんも考えていませんでした。学校は現地校に入るわけですし、放っておいても英語は覚えるはずだと簡単に考えていました。それより日本語です。普段使わないのにどうやってそれを維持するか、これはかなりの努力が必要だという覚悟が必要だと思います。
で、こちらに渡ってきてから何をしたかというと、実はゲームでした。当時ですと、任天堂ですね。マリオブラザーズにしても何にしても、子供達は勉強は嫌いでも遊びなら好きですから、日本語のゲームをやらせたわけです。ファイナルファンタジーとドラクエ。この二つにはかなりお世話になりました。まず日本語がわからないとゲームを進めることが出来ないわけです。そして結構難しいから途中で止まる。どうして良いかわからない。そこで買って読ませたのが攻略本です。ゲーム好きの息子達は攻略本をボロボロになるまで読んでいました。これがうちの子供達の日本語の基本です。ウソみたいでしょ? www
それとテレビです。NHKの衛星も入れて、でもこれだけじゃつまらないのでレンタルビデオショップから日本のテレビ番組を借りて見せていました。ですから、1歳で渡った次男坊も、お母さんと一緒を見て育ちました。働く車ーーとか、いーとーまきまきなんて歌をもちろん知っています。逆にこちらのテレビ番組は全く見せませんでした。見せないというのはきっと語弊があるでしょう。子供達が全く興味を示しませんでした。日本のテレビのアニメやお笑いのおもしろさを知ったら、こっちのテレビなんかスポーツ好きじゃない限り見る物なんかないと私も思ってるくらいです。
そして、日本語補習校です。
勉強よりも、日本語でみんなでその短い時間過ごす、遊ぶというのが大事だと思いました。当然友達も出来て、話題も同じで、学校が休みでも一緒に遊びますし、親たちも知り合いますから、お互いの家に行ったり来たりで日本人中心の生活です。オーストラリア人の友達なんか最初は全くいませんでした。欲しいとも思わなかったようですし、それで良いと私も思いました。外国にいながらして生活は日本と全く同じようにしていました。ですから、Mother Tongueは日本語になりました。全く日本の子供と同じ日本語を話しますし、読めます。書くのは???ですが www
では英語で困らなかったのかと言うことですが、それも全く大丈夫でした。幼稚園から英語の世界に入ったわけですので、オーストラリア人でさえ所詮その歳ですから、難しい英語を話すわけでもなく、遊びの中で英語をどんどん吸収していったようです。
そして、家では絶対に英語禁止。絶対です。
現地校に進むに当たってそれでは困るだろうという考えもあるかもしれませんが、私はそれに関しては全く心配していませんでした。私にしてみると、英語はどうせいつかわかるはずだけれど、日本語が駄目になったら取り返しがつかないと思っていましたから。
ここで、その親の考え方の違いで子供に差が出てきます。
私の友人の中には、子供達が早く現地校に慣れるようにと、親もろくな英語がわからないのに家で英語を話すようにして子供達を英語漬けにする親もいました。私の逆ですね。で、そういう子供達がどうなったかというと、例えば私がその家に電話をしてその子供が出たとします。お父さんお願いします、というこんな簡単な話さえうまく通じない日本人の子供になってしまう。
オトサンワ エート デッカケテイマス
こんな調子。しょうがないんでこちらも英語で話すようなことになる。こちらが話す日本語はわかっているようですが、彼らの日本語はお粗末なんてものじゃないです。で、そういう家に遊びに行くでしょ。子供がそんな調子だからみんなで英語で話すんですが、その親を見ていて面白いのは、自分の子供が英語を話している姿を見てうっとりしていることがあるということです。
バナナって言ったら、それ発音が違うっていうのよ。バナーーナって言うんですってー
なんて嬉しそうに言うお母さん。この子供がどうなるか想像するのは簡単ですね。日本語補習校も最初のうちは来ていますが、低学年の内に追いつけなくなるのは当たり前で、大体その手の家の子は4年生前後で辞めていくのが普通でした。
確かにそういう風に育った子供達は英語がうまいです。我が家の子とは比べものにならない。うちの息子達は英語では苦労していたようで中学校でも論文があるでしょ。私もあれの手伝いをしたもんです。ただ高校生になると今度はこっちの英語が追いつかなくなって、助けようが無くなりました。
オヤジーー、そんな言い方おかしいでしょうがーー
なんてことをよく言われたものです。たまに馬鹿にされることがありましたが、お前が馬鹿にするこの親の英語に助けてもらって中学をどうにかやり過ごせたのを忘れるなよ、と脅かした事がありましたわ。それ以来、私や嫁が変な英語を使っても知らん顔しています。今では二人とも大学生で英語は全く問題ないように見えます。
というのは実はウソで、次男坊は高校の成績はかなり良く、QLDでいうOP1、その他の州でいう99.00以上だったものの、医学部系に進む子供達が受ける適性検査みたいなUMATという試験でボロボロでした。で、医学系を断念しました。この時には英語を甘く見ていたツケが回ってきたとちょっと反省しました。
良く海外で育つとバイリンガルになるなんて言われますが、私はウソだと思います。どっちも中途半端な子供に育つだけで、バイリンガルにするにはそれなりの教育をする必要があると思います。私の知人の子供で、彼女は中学卒業でこちらに渡ってきたのですが、日本でもかなり有名な進学校でしたし、日本語のレベルはかなり高く、大学はシドニー大学を良い成績で出た子がいるのですが、まぁ、私から見たら、完璧バイリンガルでした。ところがその子が望んだ道は通訳の道だったのですが、君の英語も日本語も使い物にならないと言われて相手にもしてくれなかったと嘆いていたのを思い出します。ま、そんな物だろうと思います。観光客のガイドぐらいならいざしらず、こちらで育ったからと言って英語と日本語を駆使してガンガン仕事ができるなんて、そんなのは妄想だと思います。
ま、そんなこんなで、うちの息子達の日本語を支えたのは
★ 家の中では英語禁止
★ ゲーム。そして攻略本
★ 日本のテレビ
★ 日本語補習校そしてその友達
これだと思います。
相談の中に書いてあった差別に関してですが、これはどうしようもならないですね。実は次男坊と昨日食事をしながらその話しになって、こりゃかなり根が深いな、と思いました。今、大学一年ですが、学校でも相手にされないと言っていました。白人は完璧にアジア人を下に見ています。特に白人の女性はどうにもならないというのは小さい頃から言っておりました。で、数の多い中国人は彼らで固まっていますし、日本人を嫌う様は白人以上ですし、マイナーな日本人のいる場所って無いんだよ、と次男坊は言っておりました。そして将来、自分はこんな差別が酷い国で絶対に仕事をしたくないと言います。長男もそろそろ卒業ですが、オーストラリアで働くなんてことは眼中にないようです。
長男次男とも小学校から高校まで一貫教育をする私立校に通っており、そこでは多くの友人がおり、親友といえる友達も多くいたようですが、大学に入ってバラバラになった瞬間、付き合いが途切れてしまい、オージーはそんなもんだよと軽く言う次男坊が可哀想でした。彼の友達の99%は日本人です。こちら育ち、あるいは留学生であったりです。これは私が彼らを日本人として育てすぎた弊害かとも思うのですが、現実的に差別は根が深いようです。
我々が彼らほどそれを感じないのは、なんだかんだ言っても日本人の多い世界にいるからだと思います。
では、彼らがこちらに来たことを後悔しているかと言うことですが、それは全く無いようです。苦労はしているけれど、その苦労がどれだけ自分たちの為になっているかは理解しているようで、逆に自分の自信になっているようです。もちろん私も後悔はしていません。
ただ、回りを見ていて面白いのは、こちらの高校を卒業してから日本の大学へ行こうとする子供が非常に多いことです。帰国子女枠でかなり名前がある大学にもすんなり入れるケースが多いこともありますが、こちらでの就職の難しさ、オーストラリア人の中でやっていく難しさを知っているのだろうと思います。子供がその年齢になると日本に引き揚げる家族も多いです。あるいは高校生の頃に子供だけ日本に帰らせる家庭もかなりありました。私の親友の家は、こちらで生まれた子供なのにこちらになじめずに、しょうがないので旦那をこちらに残し、奥さんと子供と日本に帰ったという例もあります。
海外海外って言いますが、実態はそんなに良いことばかりじゃないという事でしょうか。職場では特にそれがあると思います。日本人として渡ってきて、日本人として生きていく場所、職場なら大丈夫なんですね。ところがこちらで育ち、オーストラリア人と同じ土俵で働くとなると難しい。外人は外人なりの仕事を選ばないと駄目なのかも知れない。
日本からはこちらに来たいという若者が多く、こちらの若者は日本へ行きたがるというのが面白いですね。
こんな感じで宜しいでしょうか。私に相談してきた方。具体的に問題があるようでしたらご遠慮なく言ってくださいね。わかる範囲でまた書かせてもらいます。
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海外で子供を育てる場合、日本語教育をどうするかという話です。その点のご相談がありましたので、私の経験を書きます。
まず、こちらに渡る前に一つのことを決めていました。英語圏だろうが何だろうが、母国語は日本語。母国語というより、Mother tongue というべきでしょうか。母国語という言葉には、その言葉を流ちょうに操るという意味が含まれていないような気がしました。Mother Tongueって母の舌ということになりますが、これの方が本来の母国語って言う感じがしますね。ま、そんなことはどうでもいいのですが。
私たちがこちらに渡ってきた時に、長男は3歳半。次男はちょうど一歳でした。ですから長男でさえもまだカタコトで言葉らしい言葉が形成されてはいませんでした。本来こういう時期に外国語も覚えるのが良いわけですが、逆を言うと、この時期にちゃんと使わせないと日本語も覚えられなくなると言うことでもあり、注意が必要。
私は言葉は文化そのものだという考え方をしています。つまり、日本語がわからずして日本文化はわからないし、日本人でもないという考え方。それと、巷ではよく言われる言葉ですが、国際人。こんな人間は世の中に存在していないと考えていました。海外に出るとよく言われるはずです。お子さんは国際人に育つんでしょうね、とか。まぁ、お世辞だと思えば良いわけですが、本来国際人なんてのはいないんですね。海外に育ったところで、その国のその狭い地域のことしかわからないし、国際的な事がわかるわけがない。日本に育っても、その地域のことが多少わかるだけのことでしか無くて、日本全体を語ることだって出来ないでしょ?海外に育ったら国際人どころか、その国のことさえよくわからないし、日本のことなんか当然わからないし、わけのわからん中途半端な人間になるだけです。言葉だって両方とも中途半端でしょ。
つまり、海外で育つということに良いことなんかありゃしない、ぐらいに考えて真剣に教育計画を練る必要があると思います。
親がこの辺を理解していないと、子供が犠牲になります。日本語もわからん、英語も中途半端。その国のことも他国と思ってるからちゃんと理解しようとしないし、もちろん日本のことなんかまるでわからない子供のできあがりです。
それと、二世っていますよね。今でこそあちこちにいるけれど、かつて二世と言うとアメリカの二世、ハワイの二世、ブラジルの二世、そんな人たちだったと思うのですが、私の叔父がアメリカはシアトル生まれの日系二世で、私が産まれた時からその叔父の存在を見てきました。そして二世とは可哀想な人たちであるというように考えてきました。アメリカではジャップと馬鹿にされ、財産は没収され強制収容所まで入れられた。で、自分の血である日本に来てみれば、ろくすぽ日本語もわからないし、感性も価値観もアメリカ人だから日本人社会には入り込めず、変な外人と呼ばれるだけ。
俺って誰?
これって底知れぬ恐怖だと私は思うんですよ。アイデンティティの欠如ですね。自分がどこから来てどこへ行くのか、自分は誰なのか。これは人間の永遠の問いだとは思うのですが、少なくとも自分は日本人だとか、アメリカ人だとか、あるいはオーストラリア人だとか、自他共に認めるXXX人であるというのが非常に大事だと思うんです。これがないと人間の根本である自我がなくなるというか壊れるというか、なんと言えばいいのでしょう。浮き草のような気がしてくる。自分の居場所がない。帰る場所もないんですね。
こういう考え方を私は昔からもっていたので、オーストラリアへ渡っても子供達は自分は日本人であるというアイデンティティを絶対にしっかりと持たせようと考えていました。そしてそのとっかかりは日本語であるわけです。上に書いたように日本語無くして日本文化も日本人も有り得ませんから。
逆に英語に関してはなーーんも考えていませんでした。学校は現地校に入るわけですし、放っておいても英語は覚えるはずだと簡単に考えていました。それより日本語です。普段使わないのにどうやってそれを維持するか、これはかなりの努力が必要だという覚悟が必要だと思います。
で、こちらに渡ってきてから何をしたかというと、実はゲームでした。当時ですと、任天堂ですね。マリオブラザーズにしても何にしても、子供達は勉強は嫌いでも遊びなら好きですから、日本語のゲームをやらせたわけです。ファイナルファンタジーとドラクエ。この二つにはかなりお世話になりました。まず日本語がわからないとゲームを進めることが出来ないわけです。そして結構難しいから途中で止まる。どうして良いかわからない。そこで買って読ませたのが攻略本です。ゲーム好きの息子達は攻略本をボロボロになるまで読んでいました。これがうちの子供達の日本語の基本です。ウソみたいでしょ? www
それとテレビです。NHKの衛星も入れて、でもこれだけじゃつまらないのでレンタルビデオショップから日本のテレビ番組を借りて見せていました。ですから、1歳で渡った次男坊も、お母さんと一緒を見て育ちました。働く車ーーとか、いーとーまきまきなんて歌をもちろん知っています。逆にこちらのテレビ番組は全く見せませんでした。見せないというのはきっと語弊があるでしょう。子供達が全く興味を示しませんでした。日本のテレビのアニメやお笑いのおもしろさを知ったら、こっちのテレビなんかスポーツ好きじゃない限り見る物なんかないと私も思ってるくらいです。
そして、日本語補習校です。
勉強よりも、日本語でみんなでその短い時間過ごす、遊ぶというのが大事だと思いました。当然友達も出来て、話題も同じで、学校が休みでも一緒に遊びますし、親たちも知り合いますから、お互いの家に行ったり来たりで日本人中心の生活です。オーストラリア人の友達なんか最初は全くいませんでした。欲しいとも思わなかったようですし、それで良いと私も思いました。外国にいながらして生活は日本と全く同じようにしていました。ですから、Mother Tongueは日本語になりました。全く日本の子供と同じ日本語を話しますし、読めます。書くのは???ですが www
では英語で困らなかったのかと言うことですが、それも全く大丈夫でした。幼稚園から英語の世界に入ったわけですので、オーストラリア人でさえ所詮その歳ですから、難しい英語を話すわけでもなく、遊びの中で英語をどんどん吸収していったようです。
そして、家では絶対に英語禁止。絶対です。
現地校に進むに当たってそれでは困るだろうという考えもあるかもしれませんが、私はそれに関しては全く心配していませんでした。私にしてみると、英語はどうせいつかわかるはずだけれど、日本語が駄目になったら取り返しがつかないと思っていましたから。
ここで、その親の考え方の違いで子供に差が出てきます。
私の友人の中には、子供達が早く現地校に慣れるようにと、親もろくな英語がわからないのに家で英語を話すようにして子供達を英語漬けにする親もいました。私の逆ですね。で、そういう子供達がどうなったかというと、例えば私がその家に電話をしてその子供が出たとします。お父さんお願いします、というこんな簡単な話さえうまく通じない日本人の子供になってしまう。
オトサンワ エート デッカケテイマス
こんな調子。しょうがないんでこちらも英語で話すようなことになる。こちらが話す日本語はわかっているようですが、彼らの日本語はお粗末なんてものじゃないです。で、そういう家に遊びに行くでしょ。子供がそんな調子だからみんなで英語で話すんですが、その親を見ていて面白いのは、自分の子供が英語を話している姿を見てうっとりしていることがあるということです。
バナナって言ったら、それ発音が違うっていうのよ。バナーーナって言うんですってー
なんて嬉しそうに言うお母さん。この子供がどうなるか想像するのは簡単ですね。日本語補習校も最初のうちは来ていますが、低学年の内に追いつけなくなるのは当たり前で、大体その手の家の子は4年生前後で辞めていくのが普通でした。
確かにそういう風に育った子供達は英語がうまいです。我が家の子とは比べものにならない。うちの息子達は英語では苦労していたようで中学校でも論文があるでしょ。私もあれの手伝いをしたもんです。ただ高校生になると今度はこっちの英語が追いつかなくなって、助けようが無くなりました。
オヤジーー、そんな言い方おかしいでしょうがーー
なんてことをよく言われたものです。たまに馬鹿にされることがありましたが、お前が馬鹿にするこの親の英語に助けてもらって中学をどうにかやり過ごせたのを忘れるなよ、と脅かした事がありましたわ。それ以来、私や嫁が変な英語を使っても知らん顔しています。今では二人とも大学生で英語は全く問題ないように見えます。
というのは実はウソで、次男坊は高校の成績はかなり良く、QLDでいうOP1、その他の州でいう99.00以上だったものの、医学部系に進む子供達が受ける適性検査みたいなUMATという試験でボロボロでした。で、医学系を断念しました。この時には英語を甘く見ていたツケが回ってきたとちょっと反省しました。
良く海外で育つとバイリンガルになるなんて言われますが、私はウソだと思います。どっちも中途半端な子供に育つだけで、バイリンガルにするにはそれなりの教育をする必要があると思います。私の知人の子供で、彼女は中学卒業でこちらに渡ってきたのですが、日本でもかなり有名な進学校でしたし、日本語のレベルはかなり高く、大学はシドニー大学を良い成績で出た子がいるのですが、まぁ、私から見たら、完璧バイリンガルでした。ところがその子が望んだ道は通訳の道だったのですが、君の英語も日本語も使い物にならないと言われて相手にもしてくれなかったと嘆いていたのを思い出します。ま、そんな物だろうと思います。観光客のガイドぐらいならいざしらず、こちらで育ったからと言って英語と日本語を駆使してガンガン仕事ができるなんて、そんなのは妄想だと思います。
ま、そんなこんなで、うちの息子達の日本語を支えたのは
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★ 日本語補習校そしてその友達
これだと思います。
相談の中に書いてあった差別に関してですが、これはどうしようもならないですね。実は次男坊と昨日食事をしながらその話しになって、こりゃかなり根が深いな、と思いました。今、大学一年ですが、学校でも相手にされないと言っていました。白人は完璧にアジア人を下に見ています。特に白人の女性はどうにもならないというのは小さい頃から言っておりました。で、数の多い中国人は彼らで固まっていますし、日本人を嫌う様は白人以上ですし、マイナーな日本人のいる場所って無いんだよ、と次男坊は言っておりました。そして将来、自分はこんな差別が酷い国で絶対に仕事をしたくないと言います。長男もそろそろ卒業ですが、オーストラリアで働くなんてことは眼中にないようです。
長男次男とも小学校から高校まで一貫教育をする私立校に通っており、そこでは多くの友人がおり、親友といえる友達も多くいたようですが、大学に入ってバラバラになった瞬間、付き合いが途切れてしまい、オージーはそんなもんだよと軽く言う次男坊が可哀想でした。彼の友達の99%は日本人です。こちら育ち、あるいは留学生であったりです。これは私が彼らを日本人として育てすぎた弊害かとも思うのですが、現実的に差別は根が深いようです。
我々が彼らほどそれを感じないのは、なんだかんだ言っても日本人の多い世界にいるからだと思います。
では、彼らがこちらに来たことを後悔しているかと言うことですが、それは全く無いようです。苦労はしているけれど、その苦労がどれだけ自分たちの為になっているかは理解しているようで、逆に自分の自信になっているようです。もちろん私も後悔はしていません。
ただ、回りを見ていて面白いのは、こちらの高校を卒業してから日本の大学へ行こうとする子供が非常に多いことです。帰国子女枠でかなり名前がある大学にもすんなり入れるケースが多いこともありますが、こちらでの就職の難しさ、オーストラリア人の中でやっていく難しさを知っているのだろうと思います。子供がその年齢になると日本に引き揚げる家族も多いです。あるいは高校生の頃に子供だけ日本に帰らせる家庭もかなりありました。私の親友の家は、こちらで生まれた子供なのにこちらになじめずに、しょうがないので旦那をこちらに残し、奥さんと子供と日本に帰ったという例もあります。
海外海外って言いますが、実態はそんなに良いことばかりじゃないという事でしょうか。職場では特にそれがあると思います。日本人として渡ってきて、日本人として生きていく場所、職場なら大丈夫なんですね。ところがこちらで育ち、オーストラリア人と同じ土俵で働くとなると難しい。外人は外人なりの仕事を選ばないと駄目なのかも知れない。
日本からはこちらに来たいという若者が多く、こちらの若者は日本へ行きたがるというのが面白いですね。
こんな感じで宜しいでしょうか。私に相談してきた方。具体的に問題があるようでしたらご遠慮なく言ってくださいね。わかる範囲でまた書かせてもらいます。
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おせっかい
2008/06/12
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どうも年寄り臭い自分が嫌になることがあります。人生長いと若い人にお説教垂れたりする老人がいるように、海外に夢を描いて舞い上がってる人たちを見るとどうしても一言言いたくなってしまう。
この野郎、知ったかぶりしやがって、なんて思われてるんだろうと思いますわ。
しかし、逆に、どうしてこんなに海外に夢を持つ人が多いのか不思議になることもあります。海外に行ったら夢の国、天国があるのでしょうか。未知の国に対する興味ということなら納得ですが、天国があるとは私にはどうしても思えないんですよ。
今時、東京にあこがれて上京する人はいないのかもしれないけれど、東京さ出て行ったら良いことばっかりあるんじゃねーのけ?ってなのと何ら変わりがないような気がしちゃいます。実際の所、海外に出たら良いことがあるだろうと私も思ってましたが・・
最初の3年間はあっと言う間ですね。舞い上がった気持ちが継続する。そして自分がそこにいることが嬉しくてしょうがないし、それを自慢したくてしょうがない。あれもこれも良いこと尽くめで、ネバーランドを発見したような気分でしたわ。でも、5年もするとかなり落ち着いてくる。いろいろ見え出すんですね。そして感激も薄れてくる。
10年も経てば、全てが当たり前のことで、いちいち感激することは極端に減ってくる。東京に住んでいる頃に、東京は良いね良いねなんて思わない、言わないのと同じ。私の場合、旅行者気分が抜けるまでに10年という月日が掛かりましたわ。
そしてこの頃、段々と回りに引き揚げる人が増えてくる。大体みんな同じ頃に来ていますから、10年が節目なのかな、なんて気がします。最初の頃は些細なことでしかなかったことが、どんどんそれが大きくなって問題になってくる。そして我慢ができなくなって切れてしまう、なんてことがあるような気がします。あるいは、無理も10年間は続けられないってことかもしれません。
仕事も同じで、始めたばかりは一生懸命だけれど、軌道に乗るのには年数が掛かる。そして10年もする頃には、勝ち負けがはっきりしてくるのと似ているような気がします。良い時期があっても、それが延々続くことはないんですね。逆に悪いことも延々続くことはないはずなんだけれど、世の中って甘くないんだろうと思います。悪いことは続いて良い事がないなんてのは良くあるパターン。
オーストラリアに渡った人は、退職者として遊んでいる人とは別に、起業する目的で渡ってきた人が大勢いますが、うまく行っている人はほんの一握り。それは日本とて同じ事で、今存在する会社より潰れて消えていった数の方がはるかに多いのは当たり前。ただ、目の前に存在しているものしか見えないから、消えていった人の方が多いというのに気がつかないんですね。だから、みんなうまく行ってるように見えちゃう。
私は中小企業の世界で生きて来ましたが、中小企業で20年以上生き残るって怖ろしいくらい難しいんですね。自社ビルを建てるような勢いがあっても、20年のスパンで見ると、やっぱり消えていったなんてのがザラ。
移民、移住も同じだと思うんですよ。
10年以内、5年以内では失敗を目にすることも少ない。でも10年を過ぎてくるとそれが確実に増えてきて、20年もすると回りに昔の仲間が誰もいないことに気がつく。ほんとにごく一握りの人たちだけがどうにか生きているって感じだなぁ。いい話なんかまるでないし、本当に大変な思いをしてみんな生きている。適当なところで見切りを付けて、日本で再出発を狙う人もかなりいました。
でね、見ていてわかるのは、今生き残ってる人たちって、それなりに食える技術なり腕を持ってる人たちなんですね。あと資産的にかなり余裕のあった人たち。
オーストラリアの場合、昔は5000万円の資産が永住権、退職者ビザを取る条件でした。で、その何倍何十倍持ち込んだ人もいれば、退職金やら家を売り飛ばしてギリギリで来た人も多い。で、割合早く引き揚げることになったのはギリギリで来ていた人たち。今まで5000万という金額を持ったこともないし、それで生きていけるのかどうかわからずに来ちゃったんだろうと思いますわ。当時、定期預金は12%から16%なんて時代がありましたから、5000万円の定期から産まれる金利もかなりの額でした。
使い切れないよ
なんて言ってる人もいましたっけ。ところがそんな高金利の時代はいつまでも続かないし、金利が高いってことはインフレ率も高いってことなんですね。それでもそのお金を使わずにいた人はいいけれど、本人舞い上がっちゃって、あれも安いこれも安いって、ウォータフロントの家も買っちゃうわけです。で、自分の家の桟橋に何も繋がっていないのが変に見えるんですね。クルーザーまで買っちゃう。そんなことをすれば、元手なんかすぐ消えちゃうわけで、どうやって食っていくの?と不思議に思うような人もたくさんいました。
で、やっぱり、そういう人から消えて行きました。
逆に億単位、あるいはもう一つ上の単位のお金を持ち込んだ人も結構いるわけですが、やめとけばいいのに投資をするんですね。億のお金を突っ込んで、億の単位で損する。ゴールドコーストで矢沢永吉が数十億損したなんて話がありましたが、似たようなことをやっていた人はいましたわ。これは企業とて同じで、ここで数百億損した企業もいれば、数千億ものお金を投資しておかしくなった有名な企業もありますね。ここで未だに生き残っている企業なんか数えるぐらいしかないし、ほとんど引き揚げました。個人も同じ。
今のマレーシアの話しを聞いていると、15年前のゴールドコーストを思い出します。まだみんな来たばかりで気持ちが舞い上がっていて、ニコニコしている。自分たちがそこに来れたということが嬉しくてしょうがないんですね。
悪い話しもそんなに出てこないし、日本人が日本人を騙すケースが増えてるから気をつけろなんていう話がたまに出てくる程度。でもきっと同じような感じになっていくのだろうと私は想像しています。で、結局帰らなくならなくなる理由は自分自身なんですね。自分の家庭と言うべきでしょうか。
充分食えるはずだったのが食えなくなる。いろいろ出来るはずだったのがあれもこれも実はお金が掛かることに気がついて何もできずに引きこもりになって精神的におかしくなる。強引な旦那に連れてこられた奥さんも人間関係、文化の違いに我慢が出来なくなっておかしくなる。そして別居。離縁。なんてのも少なくなかった。奥さんだけ日本に帰ったなんて話も随分ありましたっけ。
子供がおかしくなったケースも少なくなかったです。環境の問題というより家庭内の事情とでもいうべきでしょうか。内部崩壊ですね。どんな家でも問題が無いようで、実は小さな火種が段々と大きくなったりするんだろうと思います。それが10年という年数なのかもしれない。
これはゴールドコーストに限ったことではなくて、かつて東京に上京してきた人たち、あるいは田舎に引っ込んで暮らそうと田舎に移った人たち、マレーシアだろうがどこでも同じ事が起きるんだろうと思います。
舞い上がるのは舞い上がるので良いと思います。今まで通りの生活をしていたらそんな舞い上がることさえないんですから。ただ、しっかりしたお金の管理と、家庭内の人間関係。これには最大の注意をしておくべきなんでしょう。で、そうしたところでおかしくなるときにはおかしくなるわけですから、最後の腹をくくる気構えも必要ではないかと思います。
そんな中で長年、良い調子で楽しんでる人たちがいます。彼らは行ったり来たり組。美味しいところだけ取って、嫌になればすぐ帰る。で、また来たくなると来る。年に2回3回往復をする人も少なくない。
私はここがポイントだと思いますわ。
移住しようなんて気はさらさらない。帰るところはちゃんとある。やりたいことだけやって、美味しいところだけ頂戴する。まぁ、それだけの資力がなければできないことですが、結局ストレスが溜まらないって事なんだろうし、資力がない場合は、その不安がいつか問題として芽吹いてくるのかもしれない。日本に帰ったらこういう生活はできない、なんてこと自体がストレスになることもあるかもしれない。
先立つものはお金なのでしょうか。そうかもしれませんね。金の切れ目は縁の切れ目なんて良く言ったもんで、夫婦関係もそれが原因で簡単に壊れちゃうのかも知れませんね。まして外国でストレスが溜まっていれば壊れるのも簡単。
昔、面白い事を言った友人がいました。
大体、海外に出て住もうなんて考える人は、孤独で友達もいない変人だよ、ですと。
まぁ、変人であることに自覚はありますが、孤独で友達もいないってところは違うのではないかと思ったのですが、彼曰く、日本に長年住んでいれば、そこには自分の家族、親兄弟、親友もたくさんいるだろうし、暇と金があるのなら、気心の知れたみんなと遊ぶ方がいかに楽しいか。誰も知る人もいない海外に行かなくてはならない理由なんかないはずで、行ってみたいなら旅行者としてちょっと長期に住めば十分だというんです。
これには一理あるような気がしました。オーストラリアを選んだ理由を言う前に、なぜ日本を出ようと思うのか、ってところなんですね。
私の場合は、子供の教育を考えた場合、日本は駄目だと考えていましたから日本を出る理由がありましたが、あの時点で歳を取っていたとしたら移住は考えなかったかもしれない。オーストラリアが好きなら、良い時期にちょろっと遊びにくればいいだけですもの。日本には良いところがいくらでもあるし、食べ物は美味しいし、同じような自由な時間を持つ友人と旅をするとか、趣味の勉強をもっと一生懸命できるようなチャンスもいくらでもある。
海外に出て何をしようと思っているのか書き出して、それが日本に住んでいたら出来ないことなのか、あるいはたまにその国に遊びに行けば出来ることではないのか、その国に住まない限りできないことなのか、そんなことを検証してみるのも面白いと思います。
かなり昔、ハワイに数日行って帰ってくるだけで洋行帰りと言われた時期がありました。海外にいつか行ってみたいなんてのがみんなの夢だった時代。そういう時代に育った人には海外に異常な思い入れがあるのかもしれません。海外に住む、そのこと自体をステータスのように感じたり、格好いいなんて思う自分があったとしたら、それは時限爆弾を自分の中に抱えているような物かもしれません。
私が今シニアと呼ばれる歳になって、それを考えてみると、私にはマレーシアに住まなければならない理由がひとつも見あたりません。好きな時に行って好きな時に帰ってくることができたら、私にとってそれが一番です。
それをするにはお金が必要ですが、ではお金がないからその地に住んでしまうという選択はありなのかどうか。そのような選択をするのは勝手ですが、私はそんな理由で住むことは出来ないし、するべきではないと考えています。
いつかは帰るのだとすれば、これから何をして楽しもうかと考えるのとは別に、どうなったら、有り難う、この10年間楽しかったよ、と言って帰れるようになるのか、そんなことを考えるのもいいかもしれないと思います。やりたいことをやったからどうなろうと後悔しないなんてのはあり得ませんよね。
私の回りで、このように明るく帰国したひとは、実は駐在組がほとんどで、永住組、退職組の多くは消えていくようにいなくなりました。終わりよければ全て良しですが、大金を使い果たし、逃げるように帰って行くようなことだけはしたくないと思います。帰る場所があればの話しですが・・・・
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どうも年寄り臭い自分が嫌になることがあります。人生長いと若い人にお説教垂れたりする老人がいるように、海外に夢を描いて舞い上がってる人たちを見るとどうしても一言言いたくなってしまう。
この野郎、知ったかぶりしやがって、なんて思われてるんだろうと思いますわ。
しかし、逆に、どうしてこんなに海外に夢を持つ人が多いのか不思議になることもあります。海外に行ったら夢の国、天国があるのでしょうか。未知の国に対する興味ということなら納得ですが、天国があるとは私にはどうしても思えないんですよ。
今時、東京にあこがれて上京する人はいないのかもしれないけれど、東京さ出て行ったら良いことばっかりあるんじゃねーのけ?ってなのと何ら変わりがないような気がしちゃいます。実際の所、海外に出たら良いことがあるだろうと私も思ってましたが・・
最初の3年間はあっと言う間ですね。舞い上がった気持ちが継続する。そして自分がそこにいることが嬉しくてしょうがないし、それを自慢したくてしょうがない。あれもこれも良いこと尽くめで、ネバーランドを発見したような気分でしたわ。でも、5年もするとかなり落ち着いてくる。いろいろ見え出すんですね。そして感激も薄れてくる。
10年も経てば、全てが当たり前のことで、いちいち感激することは極端に減ってくる。東京に住んでいる頃に、東京は良いね良いねなんて思わない、言わないのと同じ。私の場合、旅行者気分が抜けるまでに10年という月日が掛かりましたわ。
そしてこの頃、段々と回りに引き揚げる人が増えてくる。大体みんな同じ頃に来ていますから、10年が節目なのかな、なんて気がします。最初の頃は些細なことでしかなかったことが、どんどんそれが大きくなって問題になってくる。そして我慢ができなくなって切れてしまう、なんてことがあるような気がします。あるいは、無理も10年間は続けられないってことかもしれません。
仕事も同じで、始めたばかりは一生懸命だけれど、軌道に乗るのには年数が掛かる。そして10年もする頃には、勝ち負けがはっきりしてくるのと似ているような気がします。良い時期があっても、それが延々続くことはないんですね。逆に悪いことも延々続くことはないはずなんだけれど、世の中って甘くないんだろうと思います。悪いことは続いて良い事がないなんてのは良くあるパターン。
オーストラリアに渡った人は、退職者として遊んでいる人とは別に、起業する目的で渡ってきた人が大勢いますが、うまく行っている人はほんの一握り。それは日本とて同じ事で、今存在する会社より潰れて消えていった数の方がはるかに多いのは当たり前。ただ、目の前に存在しているものしか見えないから、消えていった人の方が多いというのに気がつかないんですね。だから、みんなうまく行ってるように見えちゃう。
私は中小企業の世界で生きて来ましたが、中小企業で20年以上生き残るって怖ろしいくらい難しいんですね。自社ビルを建てるような勢いがあっても、20年のスパンで見ると、やっぱり消えていったなんてのがザラ。
移民、移住も同じだと思うんですよ。
10年以内、5年以内では失敗を目にすることも少ない。でも10年を過ぎてくるとそれが確実に増えてきて、20年もすると回りに昔の仲間が誰もいないことに気がつく。ほんとにごく一握りの人たちだけがどうにか生きているって感じだなぁ。いい話なんかまるでないし、本当に大変な思いをしてみんな生きている。適当なところで見切りを付けて、日本で再出発を狙う人もかなりいました。
でね、見ていてわかるのは、今生き残ってる人たちって、それなりに食える技術なり腕を持ってる人たちなんですね。あと資産的にかなり余裕のあった人たち。
オーストラリアの場合、昔は5000万円の資産が永住権、退職者ビザを取る条件でした。で、その何倍何十倍持ち込んだ人もいれば、退職金やら家を売り飛ばしてギリギリで来た人も多い。で、割合早く引き揚げることになったのはギリギリで来ていた人たち。今まで5000万という金額を持ったこともないし、それで生きていけるのかどうかわからずに来ちゃったんだろうと思いますわ。当時、定期預金は12%から16%なんて時代がありましたから、5000万円の定期から産まれる金利もかなりの額でした。
使い切れないよ
なんて言ってる人もいましたっけ。ところがそんな高金利の時代はいつまでも続かないし、金利が高いってことはインフレ率も高いってことなんですね。それでもそのお金を使わずにいた人はいいけれど、本人舞い上がっちゃって、あれも安いこれも安いって、ウォータフロントの家も買っちゃうわけです。で、自分の家の桟橋に何も繋がっていないのが変に見えるんですね。クルーザーまで買っちゃう。そんなことをすれば、元手なんかすぐ消えちゃうわけで、どうやって食っていくの?と不思議に思うような人もたくさんいました。
で、やっぱり、そういう人から消えて行きました。
逆に億単位、あるいはもう一つ上の単位のお金を持ち込んだ人も結構いるわけですが、やめとけばいいのに投資をするんですね。億のお金を突っ込んで、億の単位で損する。ゴールドコーストで矢沢永吉が数十億損したなんて話がありましたが、似たようなことをやっていた人はいましたわ。これは企業とて同じで、ここで数百億損した企業もいれば、数千億ものお金を投資しておかしくなった有名な企業もありますね。ここで未だに生き残っている企業なんか数えるぐらいしかないし、ほとんど引き揚げました。個人も同じ。
今のマレーシアの話しを聞いていると、15年前のゴールドコーストを思い出します。まだみんな来たばかりで気持ちが舞い上がっていて、ニコニコしている。自分たちがそこに来れたということが嬉しくてしょうがないんですね。
悪い話しもそんなに出てこないし、日本人が日本人を騙すケースが増えてるから気をつけろなんていう話がたまに出てくる程度。でもきっと同じような感じになっていくのだろうと私は想像しています。で、結局帰らなくならなくなる理由は自分自身なんですね。自分の家庭と言うべきでしょうか。
充分食えるはずだったのが食えなくなる。いろいろ出来るはずだったのがあれもこれも実はお金が掛かることに気がついて何もできずに引きこもりになって精神的におかしくなる。強引な旦那に連れてこられた奥さんも人間関係、文化の違いに我慢が出来なくなっておかしくなる。そして別居。離縁。なんてのも少なくなかった。奥さんだけ日本に帰ったなんて話も随分ありましたっけ。
子供がおかしくなったケースも少なくなかったです。環境の問題というより家庭内の事情とでもいうべきでしょうか。内部崩壊ですね。どんな家でも問題が無いようで、実は小さな火種が段々と大きくなったりするんだろうと思います。それが10年という年数なのかもしれない。
これはゴールドコーストに限ったことではなくて、かつて東京に上京してきた人たち、あるいは田舎に引っ込んで暮らそうと田舎に移った人たち、マレーシアだろうがどこでも同じ事が起きるんだろうと思います。
舞い上がるのは舞い上がるので良いと思います。今まで通りの生活をしていたらそんな舞い上がることさえないんですから。ただ、しっかりしたお金の管理と、家庭内の人間関係。これには最大の注意をしておくべきなんでしょう。で、そうしたところでおかしくなるときにはおかしくなるわけですから、最後の腹をくくる気構えも必要ではないかと思います。
そんな中で長年、良い調子で楽しんでる人たちがいます。彼らは行ったり来たり組。美味しいところだけ取って、嫌になればすぐ帰る。で、また来たくなると来る。年に2回3回往復をする人も少なくない。
私はここがポイントだと思いますわ。
移住しようなんて気はさらさらない。帰るところはちゃんとある。やりたいことだけやって、美味しいところだけ頂戴する。まぁ、それだけの資力がなければできないことですが、結局ストレスが溜まらないって事なんだろうし、資力がない場合は、その不安がいつか問題として芽吹いてくるのかもしれない。日本に帰ったらこういう生活はできない、なんてこと自体がストレスになることもあるかもしれない。
先立つものはお金なのでしょうか。そうかもしれませんね。金の切れ目は縁の切れ目なんて良く言ったもんで、夫婦関係もそれが原因で簡単に壊れちゃうのかも知れませんね。まして外国でストレスが溜まっていれば壊れるのも簡単。
昔、面白い事を言った友人がいました。
大体、海外に出て住もうなんて考える人は、孤独で友達もいない変人だよ、ですと。
まぁ、変人であることに自覚はありますが、孤独で友達もいないってところは違うのではないかと思ったのですが、彼曰く、日本に長年住んでいれば、そこには自分の家族、親兄弟、親友もたくさんいるだろうし、暇と金があるのなら、気心の知れたみんなと遊ぶ方がいかに楽しいか。誰も知る人もいない海外に行かなくてはならない理由なんかないはずで、行ってみたいなら旅行者としてちょっと長期に住めば十分だというんです。
これには一理あるような気がしました。オーストラリアを選んだ理由を言う前に、なぜ日本を出ようと思うのか、ってところなんですね。
私の場合は、子供の教育を考えた場合、日本は駄目だと考えていましたから日本を出る理由がありましたが、あの時点で歳を取っていたとしたら移住は考えなかったかもしれない。オーストラリアが好きなら、良い時期にちょろっと遊びにくればいいだけですもの。日本には良いところがいくらでもあるし、食べ物は美味しいし、同じような自由な時間を持つ友人と旅をするとか、趣味の勉強をもっと一生懸命できるようなチャンスもいくらでもある。
海外に出て何をしようと思っているのか書き出して、それが日本に住んでいたら出来ないことなのか、あるいはたまにその国に遊びに行けば出来ることではないのか、その国に住まない限りできないことなのか、そんなことを検証してみるのも面白いと思います。
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それをするにはお金が必要ですが、ではお金がないからその地に住んでしまうという選択はありなのかどうか。そのような選択をするのは勝手ですが、私はそんな理由で住むことは出来ないし、するべきではないと考えています。
いつかは帰るのだとすれば、これから何をして楽しもうかと考えるのとは別に、どうなったら、有り難う、この10年間楽しかったよ、と言って帰れるようになるのか、そんなことを考えるのもいいかもしれないと思います。やりたいことをやったからどうなろうと後悔しないなんてのはあり得ませんよね。
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海外で日本のテレビを見る
2008/06/09
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海外で日本のテレビを見れるというサービスが近年いろいろ出てきていますが、私も利用しています。
どれがいいのかいくつかテストさせてもらったのですが、私が選んだのは
WatchTV
ここからそれ専用のテレビPCを購入しました。そのPCを日本に設置し、テレビを受信し、それを録画し、そのデータを遠隔操作で取り出すということをやっています。
アメリカにある日系企業がやっているサービスですが、非常に満足しています。ここのPCには機能もいろいろありますし、カスタマーケアも申し分ありません。市場では、TVを受信、録画するPCはいろいろ販売されていますが、それは多くの機能の中のひとつであり、それなりに高価なPCが多いです。ただ、TVを見るということだけなら、それに特化したPCであれば十分なわけで、それ専用のPCをこの会社から買いました。
問題はこのPCをどこに設置するかと言うことですが、私が選んだのは
J-NetTV
ここがそのPCの管理をしてくれます。つまり、TVを受信し録画をするPCを買い、その設置、保守管理をしてくれる二つの業者と契約しています。
テレビPCを買い、それを知り合いの家に置いてもらうという方法がもしかしたら一番安くつくかもしれませんが、私の場合、PCを置いてもらって、なおかつアンテナの接続、インターネットの接続、そして何かあったときのメンテを頼めるような知り合いはいませんでしたし、お金を払ってでもプロにちゃんとやってもらう方が良いと考えました。
それなりに経費は掛かりますが、PCの監視もしてもらえて、何かあるとすぐに遠隔操作で対処してもらえますし、そのPCを置いている J-NetTV の担当者と直接やりとりして問題解決してくれるので、本当に楽です。
このシステムの特徴は、
★ 自分で遠隔操作で録画できる
★ ダブルチューナー搭載のPCがある
★ 録画品質をいろいろ選べる
★ 録画データは後でインターネット経由で手に入れる
★ リアルタイムで見ることもできる
★ 日本に設置したPCをプロキシサーバーとして使える
ダブルチューナーは非常に大事だと思います。実際に日本の番組を見ていると、ゴールデンタイムに見たい番組が重なるのが普通で、裏番組も録画できないとストレスが溜まります。
録画品質も重要だと思います。画質が悪いとデータ量も少なくて助かるのですが、最初は見れるだけで嬉しいですが、すぐに画質の悪さが気になり出します。放映と同等の画質とまではいかないものの、かなりの高画質を選ぶことができるのは重要だと思います。また、録画番組ごとに録画画質を選べます。
プロキシサーバーとして使うことによって、ギャオであるとか外国からアクセスできないサイトにもアクセスできるようになります。
安いシステムもいろいろありますが、特徴としては
★ リアルタイムでしか見れない
★ 受信側のインターネット事情による影響が大
★ 受信側のスピードが遅いとまともに見ることもできない
★ 画質は当然悪くなる
★ 放映時間に見ることしか出来ず、後で見ることはできない
★ 裏番組も見れない
自分でテレビPCを日本に持つことによって、上の問題点が無くなります。
私のところではインターネット接続で満足なスピードも出ないので、日本で録画したものを時間を掛けてゆっくりダウンロードしています。これができるということは、高画質での録画も可能だということです。
私はこのデータを自分のPCで見ていますが、嫁の為にはこのデータを変換し、DVDに焼いてリビングの大型テレビで見れるようにしています。
このシステムを使うようになってから、地元のビデオレンタルを使って日本の番組を見ることが全くなくなりました。それどころか、放送日には見れますし、映画やドラマはDVDで保存も出来ますし、良いこと尽くめです。経費はそれなりですが、レンタルビデオを借りなくて済んだということで、そしてNHKの衛星を契約する必要もないので、結果的には安いと思っています。
また複数のPCからアクセスできますので、二カ所からデータを取ることも出来ますし、離れている家族と一緒に使うことも出来ます。もちろん、友達と共有することもできることになりますが・・・・
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ここからそれ専用のテレビPCを購入しました。そのPCを日本に設置し、テレビを受信し、それを録画し、そのデータを遠隔操作で取り出すということをやっています。
アメリカにある日系企業がやっているサービスですが、非常に満足しています。ここのPCには機能もいろいろありますし、カスタマーケアも申し分ありません。市場では、TVを受信、録画するPCはいろいろ販売されていますが、それは多くの機能の中のひとつであり、それなりに高価なPCが多いです。ただ、TVを見るということだけなら、それに特化したPCであれば十分なわけで、それ専用のPCをこの会社から買いました。
問題はこのPCをどこに設置するかと言うことですが、私が選んだのは
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ここがそのPCの管理をしてくれます。つまり、TVを受信し録画をするPCを買い、その設置、保守管理をしてくれる二つの業者と契約しています。
テレビPCを買い、それを知り合いの家に置いてもらうという方法がもしかしたら一番安くつくかもしれませんが、私の場合、PCを置いてもらって、なおかつアンテナの接続、インターネットの接続、そして何かあったときのメンテを頼めるような知り合いはいませんでしたし、お金を払ってでもプロにちゃんとやってもらう方が良いと考えました。
それなりに経費は掛かりますが、PCの監視もしてもらえて、何かあるとすぐに遠隔操作で対処してもらえますし、そのPCを置いている J-NetTV の担当者と直接やりとりして問題解決してくれるので、本当に楽です。
このシステムの特徴は、
★ 自分で遠隔操作で録画できる
★ ダブルチューナー搭載のPCがある
★ 録画品質をいろいろ選べる
★ 録画データは後でインターネット経由で手に入れる
★ リアルタイムで見ることもできる
★ 日本に設置したPCをプロキシサーバーとして使える
ダブルチューナーは非常に大事だと思います。実際に日本の番組を見ていると、ゴールデンタイムに見たい番組が重なるのが普通で、裏番組も録画できないとストレスが溜まります。
録画品質も重要だと思います。画質が悪いとデータ量も少なくて助かるのですが、最初は見れるだけで嬉しいですが、すぐに画質の悪さが気になり出します。放映と同等の画質とまではいかないものの、かなりの高画質を選ぶことができるのは重要だと思います。また、録画番組ごとに録画画質を選べます。
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安いシステムもいろいろありますが、特徴としては
★ リアルタイムでしか見れない
★ 受信側のインターネット事情による影響が大
★ 受信側のスピードが遅いとまともに見ることもできない
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★ 裏番組も見れない
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私のところではインターネット接続で満足なスピードも出ないので、日本で録画したものを時間を掛けてゆっくりダウンロードしています。これができるということは、高画質での録画も可能だということです。
私はこのデータを自分のPCで見ていますが、嫁の為にはこのデータを変換し、DVDに焼いてリビングの大型テレビで見れるようにしています。
このシステムを使うようになってから、地元のビデオレンタルを使って日本の番組を見ることが全くなくなりました。それどころか、放送日には見れますし、映画やドラマはDVDで保存も出来ますし、良いこと尽くめです。経費はそれなりですが、レンタルビデオを借りなくて済んだということで、そしてNHKの衛星を契約する必要もないので、結果的には安いと思っています。
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殺せるものなら殺してみろ
2008/06/07
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我が家の子供は男子二人で、二人ともゴールドコーストの日本語補習校に12年間通っていました。週に一度、土曜日に数時間しかない補習校ですが、ちゃんと小学校、中学校の卒業証書がもらえるんですね。
で、先生方はすべて現地採用で、校長先生だけが日本から派遣されて来ていました。先生方は、私の知る限りはいい方ばかりで、週に一度の授業でたいしたお金ももらえないのに、教育に一生懸命でした。
子供達もいい子ばかりで、私が子供の頃を思い出してもまるで違う感じ。問題がある子の話しや噂、喧嘩やイジメの話しも子供達、父兄からも聞いたことがありません。教師と子供の関係も良好で、私から見ると仲が良すぎるんじゃないかと思えるくらいでしたが、節度はちゃんと守られていたと思っています。
ある時、私が補習校へ行ったときの話です。ちょうど授業が終わって、教室の外にみんながぞろぞろ出てきたところに私も立っていました。そしてある一番恐いと言われている先生、しかし人気も一番ある先生が
「お前ら、今度宿題してこなかったら殺すぞ」
と言ったんです。この殺すという言葉には一瞬ギクっとしましたが、きっとこれは今の若者達が平気で使う「殺す」という、本来の「殺す」とはちょっとニュアンスの違う言葉であろうとは思いました。それを言われた子供達はニヤニヤしながら「はーい」とか、「そら、逃げろ」とか言いながら散らばっていったんですが、一人の子供が言いました。
殺せるものなら殺してみろ
私はこの子のいい方の方にびっくりしてしまいました。冗談ではない、背筋がヒヤリとする言葉でした。まぁ、先生も先生なのかも知れませんが、普通の子供達の中ではそんなのジョークに決まってるじゃんということで何の問題もないのですが、その一人の子は真に受けてしまったのでしょうか。
後で息子に聞いてみると、ああ、あの子は日本から来た子だよ、という返事。そこで一般的に日本から来た子はどう違う?と聞いてみると
★ 反抗的
★ 言葉遣いが悪い
★ 礼儀を知らない
★ しかし勉強は出来る
こんなことを息子は言っておりました。
私から見た感じだと、日本から来たばかりの子は大人びている感じがします。こちら育ちの子は幼稚に見える。2歳ぐらいの違いがあるくらいに感じます。大人びていることが良いことなのかどうなのか、私にはよくわかりませんが、素直さというのが無くなってしまっているような気はしました。
ゴールドコーストは田舎なのかもしれませんねぇ。昔の田舎の子と都会の子の違いにも似たようなものがあったような気がします。
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我が家の子供は男子二人で、二人ともゴールドコーストの日本語補習校に12年間通っていました。週に一度、土曜日に数時間しかない補習校ですが、ちゃんと小学校、中学校の卒業証書がもらえるんですね。
で、先生方はすべて現地採用で、校長先生だけが日本から派遣されて来ていました。先生方は、私の知る限りはいい方ばかりで、週に一度の授業でたいしたお金ももらえないのに、教育に一生懸命でした。
子供達もいい子ばかりで、私が子供の頃を思い出してもまるで違う感じ。問題がある子の話しや噂、喧嘩やイジメの話しも子供達、父兄からも聞いたことがありません。教師と子供の関係も良好で、私から見ると仲が良すぎるんじゃないかと思えるくらいでしたが、節度はちゃんと守られていたと思っています。
ある時、私が補習校へ行ったときの話です。ちょうど授業が終わって、教室の外にみんながぞろぞろ出てきたところに私も立っていました。そしてある一番恐いと言われている先生、しかし人気も一番ある先生が
「お前ら、今度宿題してこなかったら殺すぞ」
と言ったんです。この殺すという言葉には一瞬ギクっとしましたが、きっとこれは今の若者達が平気で使う「殺す」という、本来の「殺す」とはちょっとニュアンスの違う言葉であろうとは思いました。それを言われた子供達はニヤニヤしながら「はーい」とか、「そら、逃げろ」とか言いながら散らばっていったんですが、一人の子供が言いました。
殺せるものなら殺してみろ
私はこの子のいい方の方にびっくりしてしまいました。冗談ではない、背筋がヒヤリとする言葉でした。まぁ、先生も先生なのかも知れませんが、普通の子供達の中ではそんなのジョークに決まってるじゃんということで何の問題もないのですが、その一人の子は真に受けてしまったのでしょうか。
後で息子に聞いてみると、ああ、あの子は日本から来た子だよ、という返事。そこで一般的に日本から来た子はどう違う?と聞いてみると
★ 反抗的
★ 言葉遣いが悪い
★ 礼儀を知らない
★ しかし勉強は出来る
こんなことを息子は言っておりました。
私から見た感じだと、日本から来たばかりの子は大人びている感じがします。こちら育ちの子は幼稚に見える。2歳ぐらいの違いがあるくらいに感じます。大人びていることが良いことなのかどうなのか、私にはよくわかりませんが、素直さというのが無くなってしまっているような気はしました。
ゴールドコーストは田舎なのかもしれませんねぇ。昔の田舎の子と都会の子の違いにも似たようなものがあったような気がします。
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オーストラリア経済の行く末
2008/06/07
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きよ店長さんにオーストラリア経済の見通しについて書いてくれと頼まれたのを忘れていました。
オーストラリアの景気が良くなったなぁ、と実感しだしたのはシドニーオリンピックの後でしょうか。不動産価格の値上がりが顕著になりました。今となってはオーストラリアの物価が安いなんてイメージはどこかへ吹っ飛んでしまったようで、あれもこれも高くなったと感じることばかりです。また、昨今の原油の高騰ですが、国土ばかり大きなオーストラリアは流通費が他国より多く掛かる様で、燃料費の値上がりは即、商品価格に影響するような感じがしています。
で、この好景気がどこまで続くのか。為替はどう動くのか。
そんなの私にわかるわけ無いじゃん
ってのが答え。www
相場で儲けるという観点で、景気や為替はどうなのかという質問だと思うのですが、前の記事にも書きましたように、将来の予想、予測をする必要は全くないというのが私の基本姿勢です。それどころか予測をするから儲けるのが難しいと考えています。予測ははずれて当たり前ですから。
もし、私が貿易関係の仕事をしているとします。で、3ヶ月後の為替の予測をするかしないか。しなかったら馬鹿だと思います。その予測が当たる当たらないは別にして、代金決済が行われるであろう時期にどうなっているか全くわからないでやっていたらあまりにも危険すぎますよね。で、一定のレンジを想定しながら、ヘッジを考えたり、先物予約をしたり、いろいろやるのが当たり前。
もし、私がテレビのニュース番組で市場経済のレポートをするエコノミストだとします。今後の為替の動向に関して
そんなのわかるわけないでしょう
と答えたら即刻クビ。www
現状がどうなっているかの分析、そしてその延長線上にある未来予測を科学的に、論理的に説明出来なかったら仕事になるわけがない。
普通の人たちはこういう貿易産業、あるいはテレビに良く出てくるエコノミストやなんとか経済研究所の主席研究員の話を聞いて、なるほどと納得してみたり、今後はそういう動きをするのだろう、とか考えるのだろうと思います。そしてそれ関係の書籍、新聞、そんなのを読みあさって、自分も将来を見極めようとするんじゃないでしょうか。
予測無くして儲けることが出来ない
こういう風に信じているわけですね。でもそれは大間違いで、予測する必要はないというのが私の考え方であることは前にも書きました。輸出産業にとって円高は命取りになりますし、輸入は逆。この為替は日本企業の生命線を握っていますので、皆がいろいろ予測しながらやっていますが、相場で儲けるのを前提にした場合、将来のある時点でいくらになっているかわかる必要があります?ないでしょ?上がるならば買う。下がるならば売るだけのことで、上がろうと下がろうとどうでもいいわけで、儲けはどうなっても出せるわけです。
★ 動きのベクトルはその方向を維持する傾向がある
★ 同じ方向へ動き続けることはない
この相反する傾向が相場にはあるわけですが、これを理解した上で、少なくとも過去と現在はわかるわけですから、今、進んでる方向が持続するという前提で自分のポジションを組むようにしています。これも実際には未来予測となるわけですが、私はこれを未来予測の範疇とは考えていません。あくまで現在の方向を見ることが中心で、未来のある時点の価格予測とはまるで違います。
現在の動く方向がいつ変わるであろうかという未来予測もしません。それもまたわかるわけがないですから。それは神の領域であって、どんなに素晴らしい頭脳と完璧な情報があったとしても未来はわかるはずがないという前提で考えています。
いつ変わるかわからないけれど、変わったときに、変わったことだけわかれば十分なはずです。ではそれをどうやって読むかということになりますが、これはこれで多くの手法があり、これなら間違いが無いなんて事もないはずです。ただ、為替にしても商品にしても指数先物にしても動きのパターン、傾向というのがあるんですね。もちろんそれは過去の動きであって、将来どうなるかはわかりませんが、歴史は繰り返されるという前提で、その商品らしい動きを見せるケースが多いと私は考えます。
トレンドブレイクの考え方は人それぞれ、また商品の癖があると思いますし、いくつかの指標を組み合わせて考えるのが一般的だと思いますが、少なくともこれの見方は、将来の数値予測よりは簡単だと私は考えるわけです。
たとえば為替ですが、何円まで行くだろう、そしてその後反転するだろう、なんてことは私には絶対にわからない。しかし今現在、上がっているのか下がっているのか、ヨコヨコのレンジ内で往来しているのかぐらいはわかります。そしてそれで十分だということ。
私の手法だと
★ 損切りは素早く
★ 利益の確定はゆっくり
この二つが大前提になります。そして基本中の基本は
★ トレンド追従型
★ 逆張りは絶対にしない。(ナンピンも逆張りの一種)
実際にはトレンド方向で、小さな波を狙って逆張りで出撃・撤退をしますが、トレンド追従型であるという基本に変わりはありません。
将来、為替がいくらになるかなんて神の領域に踏み込んで予測する必要もないと思います。今の動きの方向に乗るだけ。
株も同じだと思います。業界新聞を読み、四季報とにらめっこをし、業界の早耳筋から情報が入ろうとも、自分が誰よりも早く売買出来るはずがないんですね。自分が知ったときにはみんなが知った後だと考えるべきで、情報集めに目の色を変えるのは馬鹿げていると思います。
そんな情報が自分には無くても、チャートを見ていれば何かが起こっていることはわかるはずです。何が実際にあったのか、その内容はわからずとも、何かが起きたことはわかる。それで十分だと私は思うわけです。また、良い会社なのに株価は安く放置されていると考えたにしても、それは自分がその会社のマイナス要因を知らないから安く放置されていると考えた方が正解。もし、本当にその会社の株価が安く放置されているのなら、誰かが買い出すはずです。そしてその行動は株価に現れてくる。それを確認してから自分も動けば良いのではないでしょうか。
また、株でも為替でも、値頃感で動く人が多いのには驚きます。安いから買っておこうかとか、高くなったから売ろうかとか。ところが一般的には相場の動きはその考えの逆に動くんです。
安い物はまだ下がる。高い物はもっと高くなる。
安い物は売りたたき、高い物は買い上がる。儲けるのがうまい人はこれをやっていると私は思っています。
予測しない方が良いという意味がおわかりになりますでしょうか?評論家になることと儲けることとは全く違うってことです。ひとつ大事なことを書いておきます。
当て屋になるな
という言葉があります。将来の予測と言えば聞こえはいいですが、丁半博打、サイコロや競馬競輪と相場は違うんです。何の目が出るのか当てる必要はないということ。当てようとするから負けるんです。ここはしつこく書かせてもらいます。
今後の為替の見通しは?日経平均は夏頃にはいくらになりますか?なんて質問に嬉しそうに答えている人は、評論家としての自分に酔っているだけで、実は競馬の予想屋と同じだし、実際にその手の人が儲けているとは私には思えません。
それとオマケですが、大衆は常に損をするという言葉があります。これって非常に面白くて、その通りだと思う場面は何度も体験しました。世の中が良くなったとみんなが言い出す頃には要注意。もう駄目だと言い出したら買い時。これが大事なのは、実は自分の心もそう動くって事なんです。自分が動くべき時こそ、自分に取っては動きづらい時なんですね。もう駄目だ、売ろうと思ったときが実は買い時であるとか。またその逆も同じです。または、もうそろそろ良いかと思うときにはまだ駄目であったり、まだ大丈夫と思ったときにはもう駄目であるとか、面白いように相場は人間の心理の逆に動く。
今日も私の好きな格言を書いておきます。
もうはまだなり まだはもうなり
だからこそ、
人の行く 裏に道あり 花の山
なんですねー。自分は常識的な人間であるという自覚がある人は相場に向いてないかもです。 www
相場に対する考え方も手法も、参加する人数分だけ種類があると思いますが、私は上記のような考え方で、この世界でどうにか生きながらえることが出来ています。明日の私の運命は、相場と同じくどうなっているかわかりませんが・・・・
これはマネーゲームだと切り捨てる方も多いと思います。確かにマネーゲームだろうと思いますし、私は儲けるのと同じぐらい、これに参加するおもしろさを感じています。まさしく私にとってゲームかもしれません。
為替においても、原油においても、実需の売買ではなくて、マネーゲームに向かった莫大なお金が相場を動かしているという現実を見た場合、それが良いの悪いの言う前に、そんな世界でも儲けて生き続けることが私の責任だと考えています。批判しながら指をくわえて見ていることが出来る性分じゃありません。
とは言うものの、私にかつて
製造業こそが男の生きる世界だ
と言ったある先輩の言葉が忘れられません。お金そのものが商品になっている現在ってやっぱり変と言えば変。しかし、かつて世界の工場といわれたイギリスが衰退していった後、彼らは金融の世界で生き残ることができた。今の日本、製造業が衰退した後に残るのはなんなのか。観光立国の日本なんて姿は見たくないし、何があるのか気になる今日この頃・・・・
輸出する物と言えば、老人・・・? まさかねぇ。
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オーストラリアの景気が良くなったなぁ、と実感しだしたのはシドニーオリンピックの後でしょうか。不動産価格の値上がりが顕著になりました。今となってはオーストラリアの物価が安いなんてイメージはどこかへ吹っ飛んでしまったようで、あれもこれも高くなったと感じることばかりです。また、昨今の原油の高騰ですが、国土ばかり大きなオーストラリアは流通費が他国より多く掛かる様で、燃料費の値上がりは即、商品価格に影響するような感じがしています。
で、この好景気がどこまで続くのか。為替はどう動くのか。
そんなの私にわかるわけ無いじゃん
ってのが答え。www
相場で儲けるという観点で、景気や為替はどうなのかという質問だと思うのですが、前の記事にも書きましたように、将来の予想、予測をする必要は全くないというのが私の基本姿勢です。それどころか予測をするから儲けるのが難しいと考えています。予測ははずれて当たり前ですから。
もし、私が貿易関係の仕事をしているとします。で、3ヶ月後の為替の予測をするかしないか。しなかったら馬鹿だと思います。その予測が当たる当たらないは別にして、代金決済が行われるであろう時期にどうなっているか全くわからないでやっていたらあまりにも危険すぎますよね。で、一定のレンジを想定しながら、ヘッジを考えたり、先物予約をしたり、いろいろやるのが当たり前。
もし、私がテレビのニュース番組で市場経済のレポートをするエコノミストだとします。今後の為替の動向に関して
そんなのわかるわけないでしょう
と答えたら即刻クビ。www
現状がどうなっているかの分析、そしてその延長線上にある未来予測を科学的に、論理的に説明出来なかったら仕事になるわけがない。
普通の人たちはこういう貿易産業、あるいはテレビに良く出てくるエコノミストやなんとか経済研究所の主席研究員の話を聞いて、なるほどと納得してみたり、今後はそういう動きをするのだろう、とか考えるのだろうと思います。そしてそれ関係の書籍、新聞、そんなのを読みあさって、自分も将来を見極めようとするんじゃないでしょうか。
予測無くして儲けることが出来ない
こういう風に信じているわけですね。でもそれは大間違いで、予測する必要はないというのが私の考え方であることは前にも書きました。輸出産業にとって円高は命取りになりますし、輸入は逆。この為替は日本企業の生命線を握っていますので、皆がいろいろ予測しながらやっていますが、相場で儲けるのを前提にした場合、将来のある時点でいくらになっているかわかる必要があります?ないでしょ?上がるならば買う。下がるならば売るだけのことで、上がろうと下がろうとどうでもいいわけで、儲けはどうなっても出せるわけです。
★ 動きのベクトルはその方向を維持する傾向がある
★ 同じ方向へ動き続けることはない
この相反する傾向が相場にはあるわけですが、これを理解した上で、少なくとも過去と現在はわかるわけですから、今、進んでる方向が持続するという前提で自分のポジションを組むようにしています。これも実際には未来予測となるわけですが、私はこれを未来予測の範疇とは考えていません。あくまで現在の方向を見ることが中心で、未来のある時点の価格予測とはまるで違います。
現在の動く方向がいつ変わるであろうかという未来予測もしません。それもまたわかるわけがないですから。それは神の領域であって、どんなに素晴らしい頭脳と完璧な情報があったとしても未来はわかるはずがないという前提で考えています。
いつ変わるかわからないけれど、変わったときに、変わったことだけわかれば十分なはずです。ではそれをどうやって読むかということになりますが、これはこれで多くの手法があり、これなら間違いが無いなんて事もないはずです。ただ、為替にしても商品にしても指数先物にしても動きのパターン、傾向というのがあるんですね。もちろんそれは過去の動きであって、将来どうなるかはわかりませんが、歴史は繰り返されるという前提で、その商品らしい動きを見せるケースが多いと私は考えます。
トレンドブレイクの考え方は人それぞれ、また商品の癖があると思いますし、いくつかの指標を組み合わせて考えるのが一般的だと思いますが、少なくともこれの見方は、将来の数値予測よりは簡単だと私は考えるわけです。
たとえば為替ですが、何円まで行くだろう、そしてその後反転するだろう、なんてことは私には絶対にわからない。しかし今現在、上がっているのか下がっているのか、ヨコヨコのレンジ内で往来しているのかぐらいはわかります。そしてそれで十分だということ。
私の手法だと
★ 損切りは素早く
★ 利益の確定はゆっくり
この二つが大前提になります。そして基本中の基本は
★ トレンド追従型
★ 逆張りは絶対にしない。(ナンピンも逆張りの一種)
実際にはトレンド方向で、小さな波を狙って逆張りで出撃・撤退をしますが、トレンド追従型であるという基本に変わりはありません。
将来、為替がいくらになるかなんて神の領域に踏み込んで予測する必要もないと思います。今の動きの方向に乗るだけ。
株も同じだと思います。業界新聞を読み、四季報とにらめっこをし、業界の早耳筋から情報が入ろうとも、自分が誰よりも早く売買出来るはずがないんですね。自分が知ったときにはみんなが知った後だと考えるべきで、情報集めに目の色を変えるのは馬鹿げていると思います。
そんな情報が自分には無くても、チャートを見ていれば何かが起こっていることはわかるはずです。何が実際にあったのか、その内容はわからずとも、何かが起きたことはわかる。それで十分だと私は思うわけです。また、良い会社なのに株価は安く放置されていると考えたにしても、それは自分がその会社のマイナス要因を知らないから安く放置されていると考えた方が正解。もし、本当にその会社の株価が安く放置されているのなら、誰かが買い出すはずです。そしてその行動は株価に現れてくる。それを確認してから自分も動けば良いのではないでしょうか。
また、株でも為替でも、値頃感で動く人が多いのには驚きます。安いから買っておこうかとか、高くなったから売ろうかとか。ところが一般的には相場の動きはその考えの逆に動くんです。
安い物はまだ下がる。高い物はもっと高くなる。
安い物は売りたたき、高い物は買い上がる。儲けるのがうまい人はこれをやっていると私は思っています。
予測しない方が良いという意味がおわかりになりますでしょうか?評論家になることと儲けることとは全く違うってことです。ひとつ大事なことを書いておきます。
当て屋になるな
という言葉があります。将来の予測と言えば聞こえはいいですが、丁半博打、サイコロや競馬競輪と相場は違うんです。何の目が出るのか当てる必要はないということ。当てようとするから負けるんです。ここはしつこく書かせてもらいます。
今後の為替の見通しは?日経平均は夏頃にはいくらになりますか?なんて質問に嬉しそうに答えている人は、評論家としての自分に酔っているだけで、実は競馬の予想屋と同じだし、実際にその手の人が儲けているとは私には思えません。
それとオマケですが、大衆は常に損をするという言葉があります。これって非常に面白くて、その通りだと思う場面は何度も体験しました。世の中が良くなったとみんなが言い出す頃には要注意。もう駄目だと言い出したら買い時。これが大事なのは、実は自分の心もそう動くって事なんです。自分が動くべき時こそ、自分に取っては動きづらい時なんですね。もう駄目だ、売ろうと思ったときが実は買い時であるとか。またその逆も同じです。または、もうそろそろ良いかと思うときにはまだ駄目であったり、まだ大丈夫と思ったときにはもう駄目であるとか、面白いように相場は人間の心理の逆に動く。
今日も私の好きな格言を書いておきます。
もうはまだなり まだはもうなり
だからこそ、
人の行く 裏に道あり 花の山
なんですねー。自分は常識的な人間であるという自覚がある人は相場に向いてないかもです。 www
相場に対する考え方も手法も、参加する人数分だけ種類があると思いますが、私は上記のような考え方で、この世界でどうにか生きながらえることが出来ています。明日の私の運命は、相場と同じくどうなっているかわかりませんが・・・・
これはマネーゲームだと切り捨てる方も多いと思います。確かにマネーゲームだろうと思いますし、私は儲けるのと同じぐらい、これに参加するおもしろさを感じています。まさしく私にとってゲームかもしれません。
為替においても、原油においても、実需の売買ではなくて、マネーゲームに向かった莫大なお金が相場を動かしているという現実を見た場合、それが良いの悪いの言う前に、そんな世界でも儲けて生き続けることが私の責任だと考えています。批判しながら指をくわえて見ていることが出来る性分じゃありません。
とは言うものの、私にかつて
製造業こそが男の生きる世界だ
と言ったある先輩の言葉が忘れられません。お金そのものが商品になっている現在ってやっぱり変と言えば変。しかし、かつて世界の工場といわれたイギリスが衰退していった後、彼らは金融の世界で生き残ることができた。今の日本、製造業が衰退した後に残るのはなんなのか。観光立国の日本なんて姿は見たくないし、何があるのか気になる今日この頃・・・・
輸出する物と言えば、老人・・・? まさかねぇ。
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日本人会
2008/06/06
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どこの国、地域だろうと、私は、基本的には日本人会は存在するべきだと思います。必要がない人、関わりたくない人は無視すればいいし、必要な人は利用すれば良いし。でも存在しなかった場合、利用することは不可能になる。それだけの単純な理由です。
私としては、日本人会大好きです。ゴールドコーストに日本人会があって本当に良かったと思うし、もしなかったらどうなっていたか、想像しただけでも怖ろしいくらいです。しかし、当地ゴールドコーストでも昔から日本人会不要論を言う方も少なくないし、今でも入っていない人の方が多いはず。一時は日本人会が消えていく危険があった時期さえありました。
海外赴任者の場合、それこそ数年の腰掛けですから日本人会なんか必要ないんじゃないかと私は思うくらいで、日本を離れた移民だからこそ日本人会の重要性を感じます。
日本人学校(ゴールドコーストでは日本語補習校)の必要性と日本人会の必要性はイコールではないわけですが、日本人学校の母体としての日本人会が必要である事以外に企業組に取ってはどうでもいいような気がします。家族サービスが必要なら、商工会議所があるわけですから、その中でその部門を持つのが良いのかもしれない。または有料の地域サービスを利用するとか、私的な集まりでも十分かも知れない。
で、仲良しサービスを日本人会の中でやるばあい、それが公的な物かどうかという点が問題になることがあるはずです。特定の個人やグループの思惑で全てが動いてしまったら大変なことになりますから。今回の事で、まるで関係のない私が余計なことを言いたくなったのもここなわけです。勝手にグループを作って勝手にやるなら、他人が口を出すことではないけれど、日本人会の看板を後ろに背負って活動する場合に、俺たちが決めたことに口を出すな!っていうのは通用しないんですね。自分たちで全てをコントロールしたいのなら、日本人会の枠から完全に独立する必要があるはず。公私の区別はちゃんとするべき。
ま、そのことはおいといて、
移民にとって大きな気がかりなのは子供の教育だと思います。日本との関わりを全く持たなくても良いという人もいますが、私のように、子供達には日本人としてのアイデンティティを絶対に失って欲しくない、日本文化との関わりを多く持たせたいという考えの親も多くいます。そういう意味で、ゴールドコーストの子供達は全員現地校へ通うわけですので、日本人会は日本との接点として大きな役割を持ってやってきました。お正月の餅つきも、七夕も、毎年盛大に開かれる日本式お祭りも、日本人会がなければできませんでした。子供達も日本人会を通して多くの友人を作り、楽しんでいたのは間違いがありません。うちの子供達も日本会が大好きですし、催し物にも仲間を誘い自ら積極的に参加しています。そこには強制がないんです。本当に楽しんでる。
ゴールドコースト日本人会発会の原点で活動した方々のほとんどが移住組であったというのが他地域との大きな違いかも知れませんが、日本文化の継承、日本文化のオーストラリアでのアピールも日本人会の存在理由の側面として重用視されていました。また、オーストラリア自体が当然住民サービスをしているわけですが、マイノリティである日本人移民がそれを有効に使えるような橋渡し、またオーストラリア当局に日本人としての要望を正式に申し入れたり、改善してもらったり、地域社会との交流も活発でした。これは非常に重要であると思います。
世の中には個人で騒いでも無視されることが多くありますが、団体で交渉する場合には相手も取り上げるということは当然あるわけで、そういう意味でも日本人会の存在価値は高く、今まで歴代の会長やスタッフ達がどれだけ苦労してきたか見てきましたし、そして彼らの功績は高いと私は考えています。と同時に、領事館のバックアップもちゃんと存在していた。(ブリスベン領事館の領事はいい人が多くいました。個人的に付き合わせてもらった方も数人いました。お上というイメージは無く、一緒に悩んで動いてくれた印象が強く残っています。)
またあらゆる危機管理の中継点としての日本人会の存在価値も非常に高いと思います。今では知りませんが、かつては旅行者やワーホリ相手までサービスの幅を広げて、何かあったときの駆け込み寺としての機能もありました。これは特にお年寄りや、言葉の不自由な方、来たばかりの方には大きな拠り所であると思います。あと、無視されがちですが、大使館や領事館から地域の日本人住民に何かの連絡を取る場合に、日本人会という組織がないとどうにもならないんですね。平和であるとそんなことはどうでもいいと思ってしまいがちですが、かつては緊急時の連絡網なんてのもありました。テロや災害がいつ起きるかどうか誰にもわかりませんし、SARSの様なことを想定しても、組織で助け合う必要があると私は考えています。
そんなこんなで、私は日本人会は大事だと思っています。今現在は全く関わりも持たずに、会費だけ払って遠くから見ているだけですが・・・
ただ、前にも書きましたが、駐在組と移民組とは同じ日本人でありながらまるで違う考え方、要求がありますので、それが同じ日本人という枠組みの中でちゃんとやっていけるのかどうか疑問を感じることは少なくありません。当地ゴールドコーストでは移民組が圧倒的に多く、移民組の論理で動いて来ましたが、駐在組が多い場合には、彼らの目は日本を向いているわけですから、移住組から言うと、彼らの論理で動かれると非常にうまくないと私は考えています。ですので、多くの地域がそうであるように、駐在組と移民組は別組織にするというのは理が通っているのではないかと今でも考えています。
そして近年、各地で状況が複雑になってきた。駐在組、移民組の他に、長期滞在組という、旅行者でもない、移民でもない、中途半端な立場の方が増えてきた。この人達は、その地域に片足を突っ込んでいるだけで、自分たちが欲する美味しいところだけ取って行く人たち。地域との接点が無くても構わないし、面倒なことがあれば、そして嫌になれば帰ればいいだけの人。地域の接点を持とうとする方々も多いですが、それは彼らの意志によって好きな接点を持つだけで、持ちたくない接点は持たないという気楽な人たち。
これを悪いと言うんじゃありません。私も現在はその部類ですし、気楽に好きなように生きるのもいいと思います。旅の恥はかき捨て的な事を平気でやる人は論外ですが・・・・
今後そういう方々が増えるにあたり、地元としてはどういう受け皿が必要になってくるのかを真剣に考える時が来ていると思います。放っておけばいいとは思いません。もし、移住組の日本人クラブ的なものがあればそこに吸収されていくのが良いと、私は思いますが、マレーシアには駐在組がデンと居座る日本人会しかない。さて、どうなるんでしょうか。私もこれからマレーシアに渡ることを考えた場合、ここがちょっと気になりだして、これ関係の話題をここに書くようになったわけです。
その長期滞在組が多くなってくると、きっと日本人会には負担になるかもしれませんね。余計な問題を抱えるだけになるかもしれませんし。かと言って有志に任せておいて、好きにやってくれと突き放すといろいろ問題も起きてくるでしょう。では、完全に独立した組織にしたらどうかという考え方も出てくるかも知れませんが、私自身はそういう組織があったらどうしましょう。ちょっと様子を見ないとなんとも言えないです。お年寄りだけが集まって、それぞれが我が儘を言いたい放題、それをかつての現役時代の論理を持ち込んでねじ伏せようとする管理好きな役員の台頭。そんな図が見えてくるような気がしてしょうがありません。現実的に各地の日本人会や日本人クラブでさえ、その傾向は少なからずあるようですし。
そんな組織なら無い方が、また、そういう組織には関わらない方が自由でいられて、本来の目的がかなうのかもしれないなんて思う人が出てきても不思議ではありません。実際に、ゴールドコーストでも日本人会、日本人に一定の距離を保とうとしている日本人が多いのはまさにそれだと思います。(地元の日本人とは付き合わずに、日本人はネット中心になる? www)
レバタラを言ってもしょうがありませんが、事前に枠組みをしっかり考えて良い組織が出来てきたらいいと思っています。何かがあったときの拠り所。これは絶対にあった方が良いと思います。そういう意味でも、マレーシアにはそれに近い組織が今存在するわけで、今後が楽しみです。
あるいは、誰かが公的な組織としての日本人クラブを立ち上げる動きが出てくるのか・・・
私としては、きっちり金銭を払って専門のサービスを受けることになるかもしれません。そのサービスも契約でどこからどこまでの範囲とはっきり決まっている方がわかりやすいし、面倒な人間関係に煩わしい思いをすることもないし、良いような気がします。
と言いつつ、みんなで手弁当で集まっていろいろ悩みながらやっていくというのも楽しみのひとつだし、そういう良い思い出と仲間達を私はゴールドコーストで一杯作りました。でも、もうしたくありません。それが出来るのは若いときだけかもしれません。体力的な問題もありますが、精神的に歳を取ると、なかなかそういう組織で動くのが下手になってくる自覚があります。若い人が回りに増えてくると、彼らの行動や発想に小言も言いたくなるし、かといって五月蝿いオヤジだと思われるのも嫌だし。今の私は、次の世代が彼ら流のやりかたで頑張っているので遠くから見ているだけです。かつてゴールドコーストには、寄付をお願いすると文句も言わずに黙ってお金を出してくれる良いオヤジさんがいっぱいいました。
私もこれからはそうやって生きていこうと思っています。
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どこの国、地域だろうと、私は、基本的には日本人会は存在するべきだと思います。必要がない人、関わりたくない人は無視すればいいし、必要な人は利用すれば良いし。でも存在しなかった場合、利用することは不可能になる。それだけの単純な理由です。
私としては、日本人会大好きです。ゴールドコーストに日本人会があって本当に良かったと思うし、もしなかったらどうなっていたか、想像しただけでも怖ろしいくらいです。しかし、当地ゴールドコーストでも昔から日本人会不要論を言う方も少なくないし、今でも入っていない人の方が多いはず。一時は日本人会が消えていく危険があった時期さえありました。
海外赴任者の場合、それこそ数年の腰掛けですから日本人会なんか必要ないんじゃないかと私は思うくらいで、日本を離れた移民だからこそ日本人会の重要性を感じます。
日本人学校(ゴールドコーストでは日本語補習校)の必要性と日本人会の必要性はイコールではないわけですが、日本人学校の母体としての日本人会が必要である事以外に企業組に取ってはどうでもいいような気がします。家族サービスが必要なら、商工会議所があるわけですから、その中でその部門を持つのが良いのかもしれない。または有料の地域サービスを利用するとか、私的な集まりでも十分かも知れない。
で、仲良しサービスを日本人会の中でやるばあい、それが公的な物かどうかという点が問題になることがあるはずです。特定の個人やグループの思惑で全てが動いてしまったら大変なことになりますから。今回の事で、まるで関係のない私が余計なことを言いたくなったのもここなわけです。勝手にグループを作って勝手にやるなら、他人が口を出すことではないけれど、日本人会の看板を後ろに背負って活動する場合に、俺たちが決めたことに口を出すな!っていうのは通用しないんですね。自分たちで全てをコントロールしたいのなら、日本人会の枠から完全に独立する必要があるはず。公私の区別はちゃんとするべき。
ま、そのことはおいといて、
移民にとって大きな気がかりなのは子供の教育だと思います。日本との関わりを全く持たなくても良いという人もいますが、私のように、子供達には日本人としてのアイデンティティを絶対に失って欲しくない、日本文化との関わりを多く持たせたいという考えの親も多くいます。そういう意味で、ゴールドコーストの子供達は全員現地校へ通うわけですので、日本人会は日本との接点として大きな役割を持ってやってきました。お正月の餅つきも、七夕も、毎年盛大に開かれる日本式お祭りも、日本人会がなければできませんでした。子供達も日本人会を通して多くの友人を作り、楽しんでいたのは間違いがありません。うちの子供達も日本会が大好きですし、催し物にも仲間を誘い自ら積極的に参加しています。そこには強制がないんです。本当に楽しんでる。
ゴールドコースト日本人会発会の原点で活動した方々のほとんどが移住組であったというのが他地域との大きな違いかも知れませんが、日本文化の継承、日本文化のオーストラリアでのアピールも日本人会の存在理由の側面として重用視されていました。また、オーストラリア自体が当然住民サービスをしているわけですが、マイノリティである日本人移民がそれを有効に使えるような橋渡し、またオーストラリア当局に日本人としての要望を正式に申し入れたり、改善してもらったり、地域社会との交流も活発でした。これは非常に重要であると思います。
世の中には個人で騒いでも無視されることが多くありますが、団体で交渉する場合には相手も取り上げるということは当然あるわけで、そういう意味でも日本人会の存在価値は高く、今まで歴代の会長やスタッフ達がどれだけ苦労してきたか見てきましたし、そして彼らの功績は高いと私は考えています。と同時に、領事館のバックアップもちゃんと存在していた。(ブリスベン領事館の領事はいい人が多くいました。個人的に付き合わせてもらった方も数人いました。お上というイメージは無く、一緒に悩んで動いてくれた印象が強く残っています。)
またあらゆる危機管理の中継点としての日本人会の存在価値も非常に高いと思います。今では知りませんが、かつては旅行者やワーホリ相手までサービスの幅を広げて、何かあったときの駆け込み寺としての機能もありました。これは特にお年寄りや、言葉の不自由な方、来たばかりの方には大きな拠り所であると思います。あと、無視されがちですが、大使館や領事館から地域の日本人住民に何かの連絡を取る場合に、日本人会という組織がないとどうにもならないんですね。平和であるとそんなことはどうでもいいと思ってしまいがちですが、かつては緊急時の連絡網なんてのもありました。テロや災害がいつ起きるかどうか誰にもわかりませんし、SARSの様なことを想定しても、組織で助け合う必要があると私は考えています。
そんなこんなで、私は日本人会は大事だと思っています。今現在は全く関わりも持たずに、会費だけ払って遠くから見ているだけですが・・・
ただ、前にも書きましたが、駐在組と移民組とは同じ日本人でありながらまるで違う考え方、要求がありますので、それが同じ日本人という枠組みの中でちゃんとやっていけるのかどうか疑問を感じることは少なくありません。当地ゴールドコーストでは移民組が圧倒的に多く、移民組の論理で動いて来ましたが、駐在組が多い場合には、彼らの目は日本を向いているわけですから、移住組から言うと、彼らの論理で動かれると非常にうまくないと私は考えています。ですので、多くの地域がそうであるように、駐在組と移民組は別組織にするというのは理が通っているのではないかと今でも考えています。
そして近年、各地で状況が複雑になってきた。駐在組、移民組の他に、長期滞在組という、旅行者でもない、移民でもない、中途半端な立場の方が増えてきた。この人達は、その地域に片足を突っ込んでいるだけで、自分たちが欲する美味しいところだけ取って行く人たち。地域との接点が無くても構わないし、面倒なことがあれば、そして嫌になれば帰ればいいだけの人。地域の接点を持とうとする方々も多いですが、それは彼らの意志によって好きな接点を持つだけで、持ちたくない接点は持たないという気楽な人たち。
これを悪いと言うんじゃありません。私も現在はその部類ですし、気楽に好きなように生きるのもいいと思います。旅の恥はかき捨て的な事を平気でやる人は論外ですが・・・・
今後そういう方々が増えるにあたり、地元としてはどういう受け皿が必要になってくるのかを真剣に考える時が来ていると思います。放っておけばいいとは思いません。もし、移住組の日本人クラブ的なものがあればそこに吸収されていくのが良いと、私は思いますが、マレーシアには駐在組がデンと居座る日本人会しかない。さて、どうなるんでしょうか。私もこれからマレーシアに渡ることを考えた場合、ここがちょっと気になりだして、これ関係の話題をここに書くようになったわけです。
その長期滞在組が多くなってくると、きっと日本人会には負担になるかもしれませんね。余計な問題を抱えるだけになるかもしれませんし。かと言って有志に任せておいて、好きにやってくれと突き放すといろいろ問題も起きてくるでしょう。では、完全に独立した組織にしたらどうかという考え方も出てくるかも知れませんが、私自身はそういう組織があったらどうしましょう。ちょっと様子を見ないとなんとも言えないです。お年寄りだけが集まって、それぞれが我が儘を言いたい放題、それをかつての現役時代の論理を持ち込んでねじ伏せようとする管理好きな役員の台頭。そんな図が見えてくるような気がしてしょうがありません。現実的に各地の日本人会や日本人クラブでさえ、その傾向は少なからずあるようですし。
そんな組織なら無い方が、また、そういう組織には関わらない方が自由でいられて、本来の目的がかなうのかもしれないなんて思う人が出てきても不思議ではありません。実際に、ゴールドコーストでも日本人会、日本人に一定の距離を保とうとしている日本人が多いのはまさにそれだと思います。(地元の日本人とは付き合わずに、日本人はネット中心になる? www)
レバタラを言ってもしょうがありませんが、事前に枠組みをしっかり考えて良い組織が出来てきたらいいと思っています。何かがあったときの拠り所。これは絶対にあった方が良いと思います。そういう意味でも、マレーシアにはそれに近い組織が今存在するわけで、今後が楽しみです。
あるいは、誰かが公的な組織としての日本人クラブを立ち上げる動きが出てくるのか・・・
私としては、きっちり金銭を払って専門のサービスを受けることになるかもしれません。そのサービスも契約でどこからどこまでの範囲とはっきり決まっている方がわかりやすいし、面倒な人間関係に煩わしい思いをすることもないし、良いような気がします。
と言いつつ、みんなで手弁当で集まっていろいろ悩みながらやっていくというのも楽しみのひとつだし、そういう良い思い出と仲間達を私はゴールドコーストで一杯作りました。でも、もうしたくありません。それが出来るのは若いときだけかもしれません。体力的な問題もありますが、精神的に歳を取ると、なかなかそういう組織で動くのが下手になってくる自覚があります。若い人が回りに増えてくると、彼らの行動や発想に小言も言いたくなるし、かといって五月蝿いオヤジだと思われるのも嫌だし。今の私は、次の世代が彼ら流のやりかたで頑張っているので遠くから見ているだけです。かつてゴールドコーストには、寄付をお願いすると文句も言わずに黙ってお金を出してくれる良いオヤジさんがいっぱいいました。
私もこれからはそうやって生きていこうと思っています。
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ゴールドコースト紹介ビデオ
2008/06/01
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ゴールドコースト、きっと間違いなく良いところでしょう。
でもリゾートって遊びに行くところで、住む所じゃないって今になると思います。あるいは、元々大都市からの退職者が集まったのがゴールドコーストの始まりでもあるし、お年寄りには良いのかもしれない。私のような中途半端な歳にはどうも刺激が少なすぎます。
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オーストラリアに自然はない
2008/06/01
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オーストラリアに自然はない、なんて書くとびっくりする人が多いと思います。
オーストラリア=大自然
このようなイメージを持ってる人が多いのは間違いが無いと思います。でもね、私はそうは思わないんですよ。
私は東京は新橋に育ち、その後も東京の中を引っ越ししましたが、いわゆる田舎というものを知りません。自然の中で魚を追いかけ回したり、虫を捕ったり、野山を走り回って遊んだ経験もないんです。ですから、子供を育てるに当たって、大自然とのふれあいがある場所で育てたいなんてことを考えていました。
ところがですね、こちらで育ったうちの二人の息子達は蝉を捕った事もなければ、あぜ道みたいなところでドジョウを採った事もなければ、カエルやオタマジャクシを捕まえた事もないんですよ。オタマジャクシなんか数回見た事がある程度じゃないかなぁ。また、山で野いちごなんか食べた事もなければ、芋掘りさえ経験がありません。
私は新橋育ちとは言うものの、近くに日比谷公園があったり、浜離宮があって、昔は子供達の秘密の場所とかあってそれなりに探検したり都会の中の自然とのふれあいはあったんです。でもそんな私より、うちの子供達は自然を知らないんです。
では、コンクリートジャングルに育ったのかというとそうじゃなくて、我が家はウォーターフロントですので、裏庭の桟橋からマッドクラブ、黒鯛、キスなどは簡単に釣る事が出来ますし、ゴールドコーストの海岸も直線距離で3キロ程度、庭には50センチぐらいの大きなトカゲの家族が住んでいたり、プールにはもう何年も前からつがいのカモが住み着いていたり、自然らしき物はいくらでもあります。ゴルフに行けばコースにカンガルーが出てきたり、綺麗な鳥がいる公園もある。野生のイルカに餌付けができるようなところもあることはある。
でもね、ゴールドコーストにはそれしかないんですよ。
海と空と太陽と風。
一年中、それだけ。
では、車を飛ばしてどこかへ行こうとするでしょ?ところが車で5時間6時間飛ばしても風景はほとんど変わらないんです。どこへ行っても乾燥に疲れてぐったりしたユーカリの木があるだけ。ちかくに世界遺産に指定された温帯のジャングルがあるんですが、実際に行ってみると、え?なにこれ?って思いますよ。フレーザー島とて同じ。いわゆる我々が想像する、うっそうとしたジャングル、何か動物が今にも飛び出てくるようなところじゃないんです。こんな程度なら、東京都の中にもあると私は思いました。奥多摩なんか行ったら秘境がありますから。
オーストラリア大好きの宣伝マンみたいな人もいますから、彼らはきっと違う意見を言うだろうと思います。自然はいくらでもあると。凄い!と。でもね、この程度の自然なら日本にはもっともっと凄いのがあると私は思うわけです。
私の様なオーストラリアの印象を持っているのは決して私だけではなくて、先日飲み屋でワーホリの若い女の子と話をしていたときにもこんな話題になりました。彼女は東京は青梅出身でしたが、私の田舎の方が自然がいっぱいあります、って笑っていました。
つまりですね、自然が違うんですね。
飛行機でオーストラリア大陸を渡ると面白いんですが、延々何時間も下に見えるのは茶色の大地です。新聞をくちゃくちゃにまるめて、それから広げたような、そんな感じです。この大地は古い大地ですので、山らしい山が無いんですね。みんな風化しちゃってる。だから飛行機から見るとクチャクチャの皺だらけの大地にしか見えない。それと砂漠というか、いわゆる砂地の砂漠というんじゃなくて、荒野っていうんでしょうか、それが延々広がってます。内陸部へ車を飛ばした場合、20時間走り続けても風景は全く変わらないと言っても良いと思います。
グレートバリアリーフがあるじゃないかっていいますが、実際に行ってみるとわかりますが、珊瑚礁に囲まれたリゾートって数カ所しかないんです。リーフがあまりにも大きすぎて、その内海も巨大なんですね。で、ほとんどのリゾートはその内海に存在していて、回りには珊瑚礁がないのが普通です。ですから、そこの海で遊ぶなら、家の近所の綺麗な浜辺で遊ぶのと同じなんです。ではよくテレビで見る珊瑚礁を見るにはどうするかというと、水上飛行機やヘリコプター、あるいは船で何時間もかけてリーフの所まで行くことになります。
つまり、オーストラリアの自然とは大きさであると言えると私は思っています。日本にはあの大きさは無いけれど、種類で言えば、北はオホーツクから南は沖縄の珊瑚礁まで、日本にすごい種類の自然があるんですね。そしてそれらが簡単にアクセス可能な距離にある。こちらは広さだけは半端じゃないですから、簡単にその場に行く事ができない。身近ではないということですね。それと、手つかずの自然という意味ではオーストラリアは凄い。単純計算で日本の人口密度の200分の1ぐらいですから、人の手が入っていないところだらけ。でもねー、見渡す限りの荒野や砂漠を見て
大自然だ〜〜〜〜〜〜
って思いますかね。うーむ、思う人もいるでしょう。私も最初は凄いと思いました。でも、何もない空間を見て大自然だって思うのってなんか変だと感じるようになっちゃいました。やっぱり我々日本人が感じる自然というのは
水
これが関係してるんですね。水があれば草木が育つ。草木があるから動物も生活できる。これがまさに日本の自然であるし、日本人が感じる大自然なんだろうと思います。ところが、乾燥大陸であるオーストラリアには水がない。つまり木もないし、動物もそれなりという事になるんだろうと思います。水がないところに命を感じる事はありません。
こんな話をオーストラリア人に行ったら、よーし、じゃぁお前にオーストラリアの大自然を見せてやろうという事で、家族3組で四駆に乗ってキャンプに行ったんです。まぁ、行けども行けども見えるのはユーカリの木ばかり。それもジャングルじゃないわけです。わかりますよね、イメージ。森でもない。いわゆる林という感じでしょうか。それが延々続くわけです。7時間ぐらい走ったでしょうか
ついたぞ〜〜〜〜〜〜〜
と、彼。私が周りを見渡しても我が家の近所にあるユーカリ林とあまり変わらない風景なんですよ。
ほら、見てごらん、滝がある
彼が示す方を見た私はひっくり返りそうになりました。日本じゃこれを滝と呼ばない!二本の川が交わるところに落差があることはあるんですが、落差の高さは約1メートル。そしてそれぞれの川の幅は約50センチ。その川を私は川と呼ぶ事さえはばかりました。
旅の前に、彼がそこの川に行くと海老がたくさん捕れるから捕ろうという話しになっており、私は釣り道具から、セルビンのような物、蟹を捕る仕掛けとかいろいろ用意していったんです。でもそんな物が使えるような川でも何でもありませんでした。なんせ川の深さは10センチもありませんから、その仕掛けを沈める事さえできません。釣り道具も車から降ろしませんでした。
ちょっとした広い場所を見つけ、そこでバーベキューをしましたが、家の裏にある空き地みたいな感じの場所でした。子供達をその川で遊ばせましたが、すぐに飽きてしまって帰ってくるし、そこでキャンプをする気にもなれず、話し合いの結果、帰る事にしました。帰りの車の中では、また7時間の間、誰も話しもせず、運転手以外は寝ていましたっけ。
オーストラリアを紹介するテレビでは凄い風景がたくさん出てきますし、もちろんそういうところはありますが、ではそれが家の近所にあるわけでもないし、行くとなれば何十時間車に乗るとか、飛行機で行かないとどうにもならないわけです。海外旅行と同じです。日本だって北のオホーツクから南の珊瑚の海まで、すぐに行けないのは同じですが、少なくとも、日本には生活環境の回りに大自然がるんですね。水があって、森があって、山があって、動植物が溢れてる。そしてそれらは四季によって変わる。素晴らしいと思います。砂漠は一年中砂漠で年に4回見に行こうなんて思いませんから。
日本こそ自然に溢れた国だと思います。私は東京住まいでキャンプが好きでしたが、2時間も走れば山でも海でも大自然はいくらでもありました。種類が豊富なんですね。しかし、ここオーストラリアにあるのは大自然と言う名の海と何もない広大なそして乾燥した荒野が広がるだけ・・・・・・・・・
あ〜〜〜〜〜〜〜、飽きた〜〜〜〜〜〜〜〜〜
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オーストラリア=大自然
このようなイメージを持ってる人が多いのは間違いが無いと思います。でもね、私はそうは思わないんですよ。
私は東京は新橋に育ち、その後も東京の中を引っ越ししましたが、いわゆる田舎というものを知りません。自然の中で魚を追いかけ回したり、虫を捕ったり、野山を走り回って遊んだ経験もないんです。ですから、子供を育てるに当たって、大自然とのふれあいがある場所で育てたいなんてことを考えていました。
ところがですね、こちらで育ったうちの二人の息子達は蝉を捕った事もなければ、あぜ道みたいなところでドジョウを採った事もなければ、カエルやオタマジャクシを捕まえた事もないんですよ。オタマジャクシなんか数回見た事がある程度じゃないかなぁ。また、山で野いちごなんか食べた事もなければ、芋掘りさえ経験がありません。
私は新橋育ちとは言うものの、近くに日比谷公園があったり、浜離宮があって、昔は子供達の秘密の場所とかあってそれなりに探検したり都会の中の自然とのふれあいはあったんです。でもそんな私より、うちの子供達は自然を知らないんです。
では、コンクリートジャングルに育ったのかというとそうじゃなくて、我が家はウォーターフロントですので、裏庭の桟橋からマッドクラブ、黒鯛、キスなどは簡単に釣る事が出来ますし、ゴールドコーストの海岸も直線距離で3キロ程度、庭には50センチぐらいの大きなトカゲの家族が住んでいたり、プールにはもう何年も前からつがいのカモが住み着いていたり、自然らしき物はいくらでもあります。ゴルフに行けばコースにカンガルーが出てきたり、綺麗な鳥がいる公園もある。野生のイルカに餌付けができるようなところもあることはある。
でもね、ゴールドコーストにはそれしかないんですよ。
海と空と太陽と風。
一年中、それだけ。
では、車を飛ばしてどこかへ行こうとするでしょ?ところが車で5時間6時間飛ばしても風景はほとんど変わらないんです。どこへ行っても乾燥に疲れてぐったりしたユーカリの木があるだけ。ちかくに世界遺産に指定された温帯のジャングルがあるんですが、実際に行ってみると、え?なにこれ?って思いますよ。フレーザー島とて同じ。いわゆる我々が想像する、うっそうとしたジャングル、何か動物が今にも飛び出てくるようなところじゃないんです。こんな程度なら、東京都の中にもあると私は思いました。奥多摩なんか行ったら秘境がありますから。
オーストラリア大好きの宣伝マンみたいな人もいますから、彼らはきっと違う意見を言うだろうと思います。自然はいくらでもあると。凄い!と。でもね、この程度の自然なら日本にはもっともっと凄いのがあると私は思うわけです。
私の様なオーストラリアの印象を持っているのは決して私だけではなくて、先日飲み屋でワーホリの若い女の子と話をしていたときにもこんな話題になりました。彼女は東京は青梅出身でしたが、私の田舎の方が自然がいっぱいあります、って笑っていました。
つまりですね、自然が違うんですね。
飛行機でオーストラリア大陸を渡ると面白いんですが、延々何時間も下に見えるのは茶色の大地です。新聞をくちゃくちゃにまるめて、それから広げたような、そんな感じです。この大地は古い大地ですので、山らしい山が無いんですね。みんな風化しちゃってる。だから飛行機から見るとクチャクチャの皺だらけの大地にしか見えない。それと砂漠というか、いわゆる砂地の砂漠というんじゃなくて、荒野っていうんでしょうか、それが延々広がってます。内陸部へ車を飛ばした場合、20時間走り続けても風景は全く変わらないと言っても良いと思います。
グレートバリアリーフがあるじゃないかっていいますが、実際に行ってみるとわかりますが、珊瑚礁に囲まれたリゾートって数カ所しかないんです。リーフがあまりにも大きすぎて、その内海も巨大なんですね。で、ほとんどのリゾートはその内海に存在していて、回りには珊瑚礁がないのが普通です。ですから、そこの海で遊ぶなら、家の近所の綺麗な浜辺で遊ぶのと同じなんです。ではよくテレビで見る珊瑚礁を見るにはどうするかというと、水上飛行機やヘリコプター、あるいは船で何時間もかけてリーフの所まで行くことになります。
つまり、オーストラリアの自然とは大きさであると言えると私は思っています。日本にはあの大きさは無いけれど、種類で言えば、北はオホーツクから南は沖縄の珊瑚礁まで、日本にすごい種類の自然があるんですね。そしてそれらが簡単にアクセス可能な距離にある。こちらは広さだけは半端じゃないですから、簡単にその場に行く事ができない。身近ではないということですね。それと、手つかずの自然という意味ではオーストラリアは凄い。単純計算で日本の人口密度の200分の1ぐらいですから、人の手が入っていないところだらけ。でもねー、見渡す限りの荒野や砂漠を見て
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水
これが関係してるんですね。水があれば草木が育つ。草木があるから動物も生活できる。これがまさに日本の自然であるし、日本人が感じる大自然なんだろうと思います。ところが、乾燥大陸であるオーストラリアには水がない。つまり木もないし、動物もそれなりという事になるんだろうと思います。水がないところに命を感じる事はありません。
こんな話をオーストラリア人に行ったら、よーし、じゃぁお前にオーストラリアの大自然を見せてやろうという事で、家族3組で四駆に乗ってキャンプに行ったんです。まぁ、行けども行けども見えるのはユーカリの木ばかり。それもジャングルじゃないわけです。わかりますよね、イメージ。森でもない。いわゆる林という感じでしょうか。それが延々続くわけです。7時間ぐらい走ったでしょうか
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彼が示す方を見た私はひっくり返りそうになりました。日本じゃこれを滝と呼ばない!二本の川が交わるところに落差があることはあるんですが、落差の高さは約1メートル。そしてそれぞれの川の幅は約50センチ。その川を私は川と呼ぶ事さえはばかりました。
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オーストラリアを紹介するテレビでは凄い風景がたくさん出てきますし、もちろんそういうところはありますが、ではそれが家の近所にあるわけでもないし、行くとなれば何十時間車に乗るとか、飛行機で行かないとどうにもならないわけです。海外旅行と同じです。日本だって北のオホーツクから南の珊瑚の海まで、すぐに行けないのは同じですが、少なくとも、日本には生活環境の回りに大自然がるんですね。水があって、森があって、山があって、動植物が溢れてる。そしてそれらは四季によって変わる。素晴らしいと思います。砂漠は一年中砂漠で年に4回見に行こうなんて思いませんから。
日本こそ自然に溢れた国だと思います。私は東京住まいでキャンプが好きでしたが、2時間も走れば山でも海でも大自然はいくらでもありました。種類が豊富なんですね。しかし、ここオーストラリアにあるのは大自然と言う名の海と何もない広大なそして乾燥した荒野が広がるだけ・・・・・・・・・
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音楽のダウンロード
2008/05/27
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音楽好きはかなり多いと思いますが、CDを買うのもかなり大きな負担になりますね。日本のような環境にあれば、店に行って好きなCDを試聴するだけ試聴して好きなのを選ぶ事も可能ですが、海外ではなかなかそんな事も出来ません。
私もそれは同じで、適当に買ったら大はずれだったなんて事もしょっちゅうで、では買わずにいたらいつになっても良い音楽との出会いはないわけで、結構無駄な投資をしてきました。
そんなこともあって、かなり昔からピア2ピアのファイル交換が流行ってきたわけで、私もそれにのめり込んだ時期がありました。まぁ、違反は違反なわけですが、ちょっとのぞいてみたいというスケベ心でやっていました。
でもね、色々な曲がありそうで無いんですね。それと私の場合はアルバム単位で欲しいので、単曲ばかりだと返って困るんです。いつのなんて言うアルバムに収録されていたのかわからないような物を集めてもしょうがない。中にはアルバム単位で手に入れる事が出来るものもありましたが、手間が掛かる割には良い事がないなと思っていました。
そうこうしている内に、それが社会問題となり、あちこちで訴訟が起きたり、ファイル交換ソフト(これ自体は凄い技術だと関心していますし、ピア2ピアは大手の会社でさえも研究開発してるんですね。次世代データ通信の手法として、私は将来性があると思っています)を作った作者が逮捕されたり、あるいはファイル交換が出来る場を提供していた会社が閉鎖に追い込まれたりしてきたのは皆さんご存じの通り。その頃に、利用者までとばっちりを受けたらいやですし、段々と遠ざかって使わないようになりました。
しかし、それとは違う流れも産まれて来ましたね。アップルに代表されるように、ちゃんと課金してダウンロードさせようという動き。そして、曲の権利を持っている人の中には、権利を放棄する事はないけれど、インターネットで多くの人に聞いてもらいたいと考える人たちも出てきて、無料で、しかも合法的にダウンロードできるようになってきました。私としてはこの動きが非常に面白く、期待している分野でもあります。
そして、またそれとは別の訳のわからないグループが存在するわけです。ロシアです。まぁ、あの国の法律も訳がわからないのですが、ロシアの国内法では合法だといういうことで、全世界に向けて超低料金で音楽のダウンロード販売をする会社が出てきました。ロシア国内では合法で、もちろん著作権料も支払っているのですが、これに対してアメリカを急先鋒とする国々が大反発したわけです。冗談じゃないよ、そんな著作権料じゃOKしないと。
これも国を跨いだ訴訟に発展し、勝った負けたとやってきましたが、今ではロシアの国内法が変わらない限りどうしようもないということのようで、そのグレーゾーンの業者はいまだに超格安の値段でダウンロード販売をしています。
ということで、一つそういう会社を紹介させてもらいます。
alltune ここをクリック
ダウンロードする形式で、アップルと同じようにアルバムごと買う事も出来ますし、単曲でもOKです。私の好きなジャンルはジャズ、フュージョン、ソウルなのですが、まぁまぁの品揃えだろうと思います。実際に欲しいものを探すと無い事の方が多いですが、新しく出たアルバムとか、欲しいってほどでもないけれどちょっと気になるアルバム、歌手のをここで買っています。また、中にはこんなのがあるんだ、とびっくりするようなレア物もあるので、結構重宝しています。
ダウンロードデータですが、どの圧縮形式でどのくらいの圧縮率かというのを選べるものもありますし、選べないものもあります。ただ、かなり質の良いオーディオで聞く場合にはCDの方が当然勝ちますし、それどころかオーディオ専用のDVDが出てくる時代で、ダウンロード出来るようなものの音質は大体知れていると考えるべきでしょう。
とはいうものの、インターネットラジオをやったり、一般的なオーディオで聞く場合には十分な音質は確保できていると思います。私の場合ですと
mp3 192kb
というのが最低限欲しい音質ですが、このレベルでしたら何の問題もなく手に入ります。その点、アップルで販売されているものは音質も悪いし、コピーガードが施されているという点もあって、どうしてもアップルで買うしかしょうがないときにしか私は買っていません。
また、ここの良い点として、かなり音質は下がりますが、全ての曲を試聴できます。アルバムごとの試聴も可能です。これは本当に助かります。これで買うアルバムを決める事が出来ますし、
今まで4年間ぐらいこれを使っていましたが、さぁ、どうでしょう。CDにして300枚分は買ったと思います。今日本ではCDが高くてなかなか買い増しができませんが、ここの値段はアルバム一枚が150円から250円ぐらいですので、気軽に買えます。そしてそのアルバムが本当に良いアルバムだったらCDを買うというようにしています。やっぱり音が違いますし、ダウンロードではジャケットも何もありませんから。
問題は支払い方法です。かつてはPaypalが使えましたので、簡単に支払いができましたが、この数年、アメリカの圧力に負けたのでしょう。Paypalの取り扱いは終わってしまいました。また同様のインターネット決済システムは今のところ何も使えない状況です。
では、何を使うかというとクレジットカードなのですが、やっぱり恐いですよねぇ。で、私はマスターカードのプリペイドカードを購入し、それで支払いをすることにしています。これなら万が一の場合でも大して被害を受ける事もありません。今は多分、VISAは使えなくなってるかも知れません。
買う度に支払うという方法ではなく、25ドルとか50ドルとか、チャージをして、そこから買った分を引いてもらうという方法になります。
この手のグレーゾーンの会社が結構存在しています。また、映画を販売するところも出てきました。いろいろ探すと出てくるはずです。
性格的にこういうものを使うのが嫌いな人も結構いると思います。コピー物はいらないよ、なんてね。まぁ確かにそういう考え方もあると思います。ただ間違えないで頂きたいのは、これはロシアでは合法だということです。非合法なコピー物とは違います。
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音楽好きはかなり多いと思いますが、CDを買うのもかなり大きな負担になりますね。日本のような環境にあれば、店に行って好きなCDを試聴するだけ試聴して好きなのを選ぶ事も可能ですが、海外ではなかなかそんな事も出来ません。
私もそれは同じで、適当に買ったら大はずれだったなんて事もしょっちゅうで、では買わずにいたらいつになっても良い音楽との出会いはないわけで、結構無駄な投資をしてきました。
そんなこともあって、かなり昔からピア2ピアのファイル交換が流行ってきたわけで、私もそれにのめり込んだ時期がありました。まぁ、違反は違反なわけですが、ちょっとのぞいてみたいというスケベ心でやっていました。
でもね、色々な曲がありそうで無いんですね。それと私の場合はアルバム単位で欲しいので、単曲ばかりだと返って困るんです。いつのなんて言うアルバムに収録されていたのかわからないような物を集めてもしょうがない。中にはアルバム単位で手に入れる事が出来るものもありましたが、手間が掛かる割には良い事がないなと思っていました。
そうこうしている内に、それが社会問題となり、あちこちで訴訟が起きたり、ファイル交換ソフト(これ自体は凄い技術だと関心していますし、ピア2ピアは大手の会社でさえも研究開発してるんですね。次世代データ通信の手法として、私は将来性があると思っています)を作った作者が逮捕されたり、あるいはファイル交換が出来る場を提供していた会社が閉鎖に追い込まれたりしてきたのは皆さんご存じの通り。その頃に、利用者までとばっちりを受けたらいやですし、段々と遠ざかって使わないようになりました。
しかし、それとは違う流れも産まれて来ましたね。アップルに代表されるように、ちゃんと課金してダウンロードさせようという動き。そして、曲の権利を持っている人の中には、権利を放棄する事はないけれど、インターネットで多くの人に聞いてもらいたいと考える人たちも出てきて、無料で、しかも合法的にダウンロードできるようになってきました。私としてはこの動きが非常に面白く、期待している分野でもあります。
そして、またそれとは別の訳のわからないグループが存在するわけです。ロシアです。まぁ、あの国の法律も訳がわからないのですが、ロシアの国内法では合法だといういうことで、全世界に向けて超低料金で音楽のダウンロード販売をする会社が出てきました。ロシア国内では合法で、もちろん著作権料も支払っているのですが、これに対してアメリカを急先鋒とする国々が大反発したわけです。冗談じゃないよ、そんな著作権料じゃOKしないと。
これも国を跨いだ訴訟に発展し、勝った負けたとやってきましたが、今ではロシアの国内法が変わらない限りどうしようもないということのようで、そのグレーゾーンの業者はいまだに超格安の値段でダウンロード販売をしています。
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というのが最低限欲しい音質ですが、このレベルでしたら何の問題もなく手に入ります。その点、アップルで販売されているものは音質も悪いし、コピーガードが施されているという点もあって、どうしてもアップルで買うしかしょうがないときにしか私は買っていません。
また、ここの良い点として、かなり音質は下がりますが、全ての曲を試聴できます。アルバムごとの試聴も可能です。これは本当に助かります。これで買うアルバムを決める事が出来ますし、
今まで4年間ぐらいこれを使っていましたが、さぁ、どうでしょう。CDにして300枚分は買ったと思います。今日本ではCDが高くてなかなか買い増しができませんが、ここの値段はアルバム一枚が150円から250円ぐらいですので、気軽に買えます。そしてそのアルバムが本当に良いアルバムだったらCDを買うというようにしています。やっぱり音が違いますし、ダウンロードではジャケットも何もありませんから。
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ある出会い
2008/05/22
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こちらの小さなカウンター式の日本小料理屋でほとんど毎日飲むような生活をしていた頃ですが、ある晩そこに一人の20代の青年が客として来ました。何となく一緒に話をするようになったのですが、彼が突然、自分を雇ってくれと言うのです。
彼は旅行者です。初めてそこで会ったんですよ。ウソだろ?って思いましたが、まぁ、いろいろ彼の話を聞いていますと、行動力はありそうだし、やる気で目が輝いているんです。なんだか私自身の若い頃を思い出してしまいました。お金も何も無いけれど、やる気だけはあるというその青年に段々惹かれて行きました。私がそうであったように、誰かに引き揚げてもらわないと若者にチャンスはないし、またそうするのがそういう立場にある人間の仕事だとも考えていましたので、よーし、じゃぁうちにおいで、と初めて会った旅行者にその場でOKを出しちゃいました。
ただし、ビザが取れないとどうにもならないので、それが条件でしたが、オーストラリア人の友人のコンサルタントを通して申請したところ、すぐに4年の就労ビザがおりました。
ビザも無い旅行者で、実際に何が出来るかわからない、口だけの男かもしれないその20代の青年をスタッフに迎え入れましたが、私の見る目は間違っていませんでした。その頃、立ち上げようと思っていた日本からの中古車輸入ビジネスを彼に任せましたが、20代のその青年はブルドーザーみたいに仕事をしましたっけ。
やる気はあるし、また実際にやるし、彼はいつまでも人の下で働くタイプではないと読んでいましたが、ちょうど私が彼に投資した分がチャラになったころでしょうか。やっぱり彼も計算していたんでしょう。独立したいと言い出しました。私はそのうち言い出すだろうと思っていましたし、独立が彼のためになるとも思っていましたので、快諾しました。
彼が取った就労ビザですが、このビザもおかしなもんで、当然勤め先の変更は出来ないわけですね。その会社がスポンサーになるからビザがおりるわけです。ところがですね、その連れ合い、つまり奥さんなんですが、働いて良いことになっています。どんな仕事でもOKなんですよ。これって変ですよね。ビザを持っている本人には制約があるのに、奥さんには制約が無いんですから。
それを利用して、彼は奥さんの名前でビジネスを立ち上げて、彼自身は私の会社に籍を置いておきました。そして、頃合いを見計らって、奥さんの名前で自営のビザを申請するという形を取ったのです。そして私とは全く関係ない形で、彼は自分の足で歩き出しました。小料理屋で知り合ってから、2年ぐらいだったかなぁ。
彼とは20歳以上歳が違いますが、主従関係もなく、同等の立場で付き合いが続き、良く一緒に飲みに行ったものです。ある日、彼が私に感謝をしていると言いだし、照れくさい思いをしたことがあります。どうやって恩を返したらいいのか、なんて言い出すので、私は格好付けて言いました。
私が君にしたのと同じ事を誰かにしてやってくれ
彼はウンウンとうなずいていましたっけ。かつて昔、私が若い頃にその時と全く同じ状況で、私が言われた言葉をそのまま目の前の彼に言ったわけです。出会いとは面白いし、大事だと思いましたわ。損得勘定だけじゃなくて、助け合って生きていく、そして若い人が伸びていくのを見るのは本当に楽しいと思った。正直なところ、私が仕事で儲けたお金の価値より、彼が私を通して育って行った喜びの方が私には大きいです。生きていて良かった。私もこれでいっぱしの男になった。彼のおかげで私も育ったと思ったもんです。
その後数年間、持ち前のやる気と行動力で彼はそれなりにやっていましたが、やっぱりゴールドコーストでは難しかったのでしょう。ケアンズの方に本拠地を移していきました。そして結果的にはオーストラリアを去り日本に戻りましたが、最近、ある日本企業の支店をアメリカに作るのをまかされて単身アメリカに飛ぶという連絡がありました。彼らしいなぁ、と思ったもんです。まだ30代前半ですが、紆余曲折はあろうと、彼はいつか成功するだろうと信じています。頑張って欲しいなぁ〜。
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こちらの小さなカウンター式の日本小料理屋でほとんど毎日飲むような生活をしていた頃ですが、ある晩そこに一人の20代の青年が客として来ました。何となく一緒に話をするようになったのですが、彼が突然、自分を雇ってくれと言うのです。
彼は旅行者です。初めてそこで会ったんですよ。ウソだろ?って思いましたが、まぁ、いろいろ彼の話を聞いていますと、行動力はありそうだし、やる気で目が輝いているんです。なんだか私自身の若い頃を思い出してしまいました。お金も何も無いけれど、やる気だけはあるというその青年に段々惹かれて行きました。私がそうであったように、誰かに引き揚げてもらわないと若者にチャンスはないし、またそうするのがそういう立場にある人間の仕事だとも考えていましたので、よーし、じゃぁうちにおいで、と初めて会った旅行者にその場でOKを出しちゃいました。
ただし、ビザが取れないとどうにもならないので、それが条件でしたが、オーストラリア人の友人のコンサルタントを通して申請したところ、すぐに4年の就労ビザがおりました。
ビザも無い旅行者で、実際に何が出来るかわからない、口だけの男かもしれないその20代の青年をスタッフに迎え入れましたが、私の見る目は間違っていませんでした。その頃、立ち上げようと思っていた日本からの中古車輸入ビジネスを彼に任せましたが、20代のその青年はブルドーザーみたいに仕事をしましたっけ。
やる気はあるし、また実際にやるし、彼はいつまでも人の下で働くタイプではないと読んでいましたが、ちょうど私が彼に投資した分がチャラになったころでしょうか。やっぱり彼も計算していたんでしょう。独立したいと言い出しました。私はそのうち言い出すだろうと思っていましたし、独立が彼のためになるとも思っていましたので、快諾しました。
彼が取った就労ビザですが、このビザもおかしなもんで、当然勤め先の変更は出来ないわけですね。その会社がスポンサーになるからビザがおりるわけです。ところがですね、その連れ合い、つまり奥さんなんですが、働いて良いことになっています。どんな仕事でもOKなんですよ。これって変ですよね。ビザを持っている本人には制約があるのに、奥さんには制約が無いんですから。
それを利用して、彼は奥さんの名前でビジネスを立ち上げて、彼自身は私の会社に籍を置いておきました。そして、頃合いを見計らって、奥さんの名前で自営のビザを申請するという形を取ったのです。そして私とは全く関係ない形で、彼は自分の足で歩き出しました。小料理屋で知り合ってから、2年ぐらいだったかなぁ。
彼とは20歳以上歳が違いますが、主従関係もなく、同等の立場で付き合いが続き、良く一緒に飲みに行ったものです。ある日、彼が私に感謝をしていると言いだし、照れくさい思いをしたことがあります。どうやって恩を返したらいいのか、なんて言い出すので、私は格好付けて言いました。
私が君にしたのと同じ事を誰かにしてやってくれ
彼はウンウンとうなずいていましたっけ。かつて昔、私が若い頃にその時と全く同じ状況で、私が言われた言葉をそのまま目の前の彼に言ったわけです。出会いとは面白いし、大事だと思いましたわ。損得勘定だけじゃなくて、助け合って生きていく、そして若い人が伸びていくのを見るのは本当に楽しいと思った。正直なところ、私が仕事で儲けたお金の価値より、彼が私を通して育って行った喜びの方が私には大きいです。生きていて良かった。私もこれでいっぱしの男になった。彼のおかげで私も育ったと思ったもんです。
その後数年間、持ち前のやる気と行動力で彼はそれなりにやっていましたが、やっぱりゴールドコーストでは難しかったのでしょう。ケアンズの方に本拠地を移していきました。そして結果的にはオーストラリアを去り日本に戻りましたが、最近、ある日本企業の支店をアメリカに作るのをまかされて単身アメリカに飛ぶという連絡がありました。彼らしいなぁ、と思ったもんです。まだ30代前半ですが、紆余曲折はあろうと、彼はいつか成功するだろうと信じています。頑張って欲しいなぁ〜。
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永住権 今昔物語
2008/05/22
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私がどうやってオーストラリアの永住権を取ったのか聞かれることが結構あります。その事を含めて永住権の今と昔なんて事を書いてみましょう。
私が永住権を得たのは1991年で、いわゆる事業家ビザと呼ばれていたものです。日本で取りました。こちらに渡ってから永住権を申請するケースも結構あるのですが、カテゴリーが違いますし、その当時の私としては子供のこともありましたし、駄目です、なんて言われて帰るわけにも行きませんので、永住権をまず取ってから渡るというのが大前提でした。
実は、私は今でもグアムが一番好きな場所なんです。えーー?グアム?なんていつも言われるんですが、グアムは私の人生観を変えた場所で、心の故郷。で、グアムには親戚以上の付き合いをする友人がたくさんいますし、グアムに渡りたいという思いも非常に強かったのですが、子供の教育を考えると、そしてアメリカの永住権取得の難しさを考えて候補からはずしました。
当時私が考えていたのはカナダでした。正直なところ、文化的にも経済的にも自然の豊富さ、美しさでもオーストラリアよりカナダの方が上と考えていましたし(今でもそう思っています)、あまりにも田舎のイメージが強いオーストラリアには食指が動きませんでした。同じ理由でもっと田舎のニュージーランドは最初から頭にありませんでした。
ところが、嫁の
オーストラリアじゃなければ行かない
この一言で決まっちゃいました。
で、オーストラリアの永住権ですが、最初から事業家ビザを取るつもりでした。理由としては、当時すでに難しくなったと言われていたものの、それ以前の1980年代は50万ドルの見せ金があれば大丈夫だと聞いていたからです。
見せ金ってことは銀行の残高証明でOKで、使い回しが出来た時代もあったらしいです。Aさんが取った後はBさんがそのお金で申請してってことですね。多くの中国人がこの手を使ったと聞いていますが、そんな簡単ならその手を使わない方がおかしいですね。
また当時、永住権を50万ドルで買う、というような言い方もされていました。実際にはそのお金を支払う事はないわけで、それを資金にして商売を始めるも良いし、預金するも良いし、ウォーターフロントの家とクルーザーを買って遊んでいても良かった時代でした。つまり、事業家ビザとはいうものの、投資、起業の必要はなかったのです。好きに使ってOKでした。オーストラリアから持ち出しても良かったわけですし、今思えばいい加減な永住権だったと思います。
これは私の申請時点でも似たようなもので、過去の経験、オーストラリアでの事業計画、語学力とかが重要だと言われていたものの、今思えば簡単だったと思います。申請はコンサルタントに頼みましたが、彼らの指示通りに書類を作っただけで、悩んだことは何もありませんでした。書類審査が終わったあとに面接があってそれで決定するのですが、面接にまでこぎ着ければOKという話も聞いていました。
で、その面接ですが、面接官によると思うのですが、私の場合、若い担当官が喧嘩を売ってくるような雰囲気でした。経歴に関してもいちゃもんをつけるというか、貴方には経営者としての資質はないんじゃないかみたいなことを平気で言われましたし、提出した内容の経歴では不十分だ、他にないのか、と過去のことを根掘り葉掘り聞かれ、結局、書類として出してもいない過去の話が中心になりました。提出した書類なんかまるで関係ないと言ってるような感じさえ受けたもんです。事業計画にしてもこんなのはすでにオーストラリアにもあるし、どうしてこれがオーストラリアの利益になると考えるんだ?という感じ。
今でこそインターネットは当たり前ですが、当時はパソコン通信。インターネットもあったのですが、USENETと言って学術研究者とか学生、オタクが情報交換をするぐらいだったと記憶しています。で、オーストラリアには当時、商用大型パソコン通信ネットワークが存在せず、アメリカのCompuServeを利用するのが主流。このCompuServeは日本でもNIFTYと提携してニフティサーブとしてやっていましたが、世界最大手。日本ではその他、PC-VANとかアスキーネットなど大手が存在しましたが、オーストラリアには無かったのです。草の根的な、今で言えばピア2ピアみたいなFIDO-NETというのがあった程度。
で、私はオーストラリア初の商用大型パソコン通信ネットワークを構築するという事業計画を出していたのですがこれに面接の担当官がいちゃもんをつけました。コンピュサーブを世界中の人が使う時代なのに、今更独自のものを作る必要があるのか、勝算は無いだろうと言うんですよ。
これを言われたときには、とうとう頭に血が上りましたっけ。
コンピュサーブが存在するのは外国だ。勝算があるなしではなくて、外国のものに間借りすること無く、自国のネットワークを作るということが大切なのに、あんたは何を言ってるんだ!と言い返してやったのです。この若造がぁ〜〜〜〜〜と言いたかったのですが、当時私も38歳の若造でしたので我慢。^^v
でもね、結局これは彼の作戦だったのですね。私のその一言を聞いて彼はニコって笑いましたわ。そして私の経歴にいちゃもんをつけたのも、私が感情的になるように煽ったのも、私という人間を見るための彼の手法だったんですね。
この後はその若い面接官は私に質問らしい質問もしませんでした。雑談をした後に、これにて終了と言い渡されましたが、提出した書類とは全く違う話ばかりしましたし、どうなるのか心配になりました。でも、当然その場で合否を言うわけがありません。
握手をして別れるときに彼が言いました。
キャンベラが貴方の体重を心配しています。ダイエットでもしてみますか?
私はその当時から結構太っていて、健康診断で問題があったのかと一瞬思いましたが、そうではないんですね。キャンベラっていうのは首都でそこにイミグレの本拠地があるんですが、私はこのオーストラリア流ジョーク一言で絶対OKが出ると確信しました。
その後、永住権がおり、資産売却などゴタゴタしてオーストラリアへ渡ったわけですが、オーストラリアへ渡ってからはその事業をちゃんとやっているのか?という調査も一切なく、こちらから進行状態を報告することもありませんでした。ああ、アンケートが一度きました。その後どうですか?何か援助が必要ですか?みたいな感じの書類だったので、適当に書いて出しただけです。事業の方は様子見、市場調査ということで手を出さずにプラプラしていたのですが、そんな時にアメリカで通信の規制緩和があり、インターネットが動き出したわけです。下手にパソコン通信なんかやっていたら大変なことになりました。一瞬にして倒産したでしょう。
結局、私は通信のジャンルではありますがインターネットではなくて、電話の方向へ進んで起業しました。インターネットの方に進めば面白いことになっただろうにと今でも悔やむことがありますが、しょうがない。しかし、知らない国でどっぷりのめり込んだら危険だという考えも持っていましたので、遊び半分みたいな仕事でした。逆にそれが良かったのか、後々世の中も変わり、競合が閉鎖して脱落していく中でもどうにか会社は動いていましたっけ。しかし、それも今では遠い思い出です。
渡った頃に話を戻しますが、オーストラリアへ渡ってから、良く永住権が取れましたね、といわれました。というのは、私が取った頃、また変更が有り、難しくなったようです。
その後どれだけの変更があったでしょう。コロコロ変わったようですが、どんどん厳しくなっており、今ではすぐに永住権がおりずに、猶予期間が設定されているようです。その期間中に予定通り事業を興し、それが順調に動いていないと事業家カテゴリーの永住権がおりないようです。
また、退職者用ビザですが、以前は退職者用の永住ビザがあったはずです。その後それは一時滞在ビザとなり、4年ごとの更新となりました。そして今、それも無くなり、退職者用の投資ビザみたいな形になりハードルは高くなるばかりです。
そんな時期に、日本では団塊の世代が海外に目を向けるようになり、昔の海外ブームの再来となったんですね。そして東南アジアの国々がそれぞれ退職者用のビザを新設したり、あるいはハードルを下げて退職者を積極的に呼び込むようになって、現在に至るという感じでしょうか。
永住権申請のためにコンサルタントに支払った額は確か150万円だったと思います。高いとは思ったものの、選べるほど何カ所もあったわけでもなく、この手の申請はコンサルタントの力にかなり左右されるのは事実で、諦めました。ただ、これは日本のコンサルタントですが、オーストラリアの本社から人が来て、私の会社まで実際に来ていろいろ調べたりしていましたし、それなりにコンサルタントも金は掛けていたようです。今でも結構掛かるのではないかと思います。これはあくまで事業家ビザの話で、他のカテゴリーの場合は全く別です。独立移住などのカテゴリーは個人で申請してもOKですし、かなり安く上がるはず。ただ、本当に良く条件がコロコロ変わりますし、精通したコンサルタントに頼むのは良いことだと思います。
後に知ったことですが、オーストラリア人のコンサルタントの友人ができまして、私の会社の日本人スタッフのビザを取るときなど彼に頼みましたが、結構イミグレとはネゴをする余地があったり、審査の順番を上に上げてもらったりしていましたので、やっぱりコンサルタントのコネクションは大事だと思いました。ちなみにオーストラリアの法律で、ビザに関するアドバイス、コンサルタントは免許が必要です。
コンサルタント料に関して一つ思い出しました。こちらに来てから、いくらぐらい掛けたか何人かに聞いたのですが、なんと、600万円払ったと言う人がいたのにはたまげました。いくらなんでもその金額って変。でもね、気持ちはわかります。中には気の早い人もいて、永住する気持ちばかり前に進んで、仕事もやめちゃう人も結構いたようですし、いくら高くても絶対に取って見せます、なんて言われるとお金がある人なら出しちゃうカモですね。
まぁ、この事業家ビザというカテゴリーはかつては簡単だったということです。これは体裁の良いオーストラリアの外貨稼ぎのビジネスだと思ったもんですわ。カモがネギ背負って来たいというのを断る必要もないんですね。50万ドルという資金がボーダーラインでしたが、その何倍のお金を持ち込む人はいくらでもいるわけで、毎年毎年この永住権を出すだけで大変な額の外貨が稼げたことになります。
でも今は事情が違って、簡単ではなさそうです。
ビザがらみで一つ思い出しました。ああ、これは別記事にします。
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私がどうやってオーストラリアの永住権を取ったのか聞かれることが結構あります。その事を含めて永住権の今と昔なんて事を書いてみましょう。
私が永住権を得たのは1991年で、いわゆる事業家ビザと呼ばれていたものです。日本で取りました。こちらに渡ってから永住権を申請するケースも結構あるのですが、カテゴリーが違いますし、その当時の私としては子供のこともありましたし、駄目です、なんて言われて帰るわけにも行きませんので、永住権をまず取ってから渡るというのが大前提でした。
実は、私は今でもグアムが一番好きな場所なんです。えーー?グアム?なんていつも言われるんですが、グアムは私の人生観を変えた場所で、心の故郷。で、グアムには親戚以上の付き合いをする友人がたくさんいますし、グアムに渡りたいという思いも非常に強かったのですが、子供の教育を考えると、そしてアメリカの永住権取得の難しさを考えて候補からはずしました。
当時私が考えていたのはカナダでした。正直なところ、文化的にも経済的にも自然の豊富さ、美しさでもオーストラリアよりカナダの方が上と考えていましたし(今でもそう思っています)、あまりにも田舎のイメージが強いオーストラリアには食指が動きませんでした。同じ理由でもっと田舎のニュージーランドは最初から頭にありませんでした。
ところが、嫁の
オーストラリアじゃなければ行かない
この一言で決まっちゃいました。
で、オーストラリアの永住権ですが、最初から事業家ビザを取るつもりでした。理由としては、当時すでに難しくなったと言われていたものの、それ以前の1980年代は50万ドルの見せ金があれば大丈夫だと聞いていたからです。
見せ金ってことは銀行の残高証明でOKで、使い回しが出来た時代もあったらしいです。Aさんが取った後はBさんがそのお金で申請してってことですね。多くの中国人がこの手を使ったと聞いていますが、そんな簡単ならその手を使わない方がおかしいですね。
また当時、永住権を50万ドルで買う、というような言い方もされていました。実際にはそのお金を支払う事はないわけで、それを資金にして商売を始めるも良いし、預金するも良いし、ウォーターフロントの家とクルーザーを買って遊んでいても良かった時代でした。つまり、事業家ビザとはいうものの、投資、起業の必要はなかったのです。好きに使ってOKでした。オーストラリアから持ち出しても良かったわけですし、今思えばいい加減な永住権だったと思います。
これは私の申請時点でも似たようなもので、過去の経験、オーストラリアでの事業計画、語学力とかが重要だと言われていたものの、今思えば簡単だったと思います。申請はコンサルタントに頼みましたが、彼らの指示通りに書類を作っただけで、悩んだことは何もありませんでした。書類審査が終わったあとに面接があってそれで決定するのですが、面接にまでこぎ着ければOKという話も聞いていました。
で、その面接ですが、面接官によると思うのですが、私の場合、若い担当官が喧嘩を売ってくるような雰囲気でした。経歴に関してもいちゃもんをつけるというか、貴方には経営者としての資質はないんじゃないかみたいなことを平気で言われましたし、提出した内容の経歴では不十分だ、他にないのか、と過去のことを根掘り葉掘り聞かれ、結局、書類として出してもいない過去の話が中心になりました。提出した書類なんかまるで関係ないと言ってるような感じさえ受けたもんです。事業計画にしてもこんなのはすでにオーストラリアにもあるし、どうしてこれがオーストラリアの利益になると考えるんだ?という感じ。
今でこそインターネットは当たり前ですが、当時はパソコン通信。インターネットもあったのですが、USENETと言って学術研究者とか学生、オタクが情報交換をするぐらいだったと記憶しています。で、オーストラリアには当時、商用大型パソコン通信ネットワークが存在せず、アメリカのCompuServeを利用するのが主流。このCompuServeは日本でもNIFTYと提携してニフティサーブとしてやっていましたが、世界最大手。日本ではその他、PC-VANとかアスキーネットなど大手が存在しましたが、オーストラリアには無かったのです。草の根的な、今で言えばピア2ピアみたいなFIDO-NETというのがあった程度。
で、私はオーストラリア初の商用大型パソコン通信ネットワークを構築するという事業計画を出していたのですがこれに面接の担当官がいちゃもんをつけました。コンピュサーブを世界中の人が使う時代なのに、今更独自のものを作る必要があるのか、勝算は無いだろうと言うんですよ。
これを言われたときには、とうとう頭に血が上りましたっけ。
コンピュサーブが存在するのは外国だ。勝算があるなしではなくて、外国のものに間借りすること無く、自国のネットワークを作るということが大切なのに、あんたは何を言ってるんだ!と言い返してやったのです。この若造がぁ〜〜〜〜〜と言いたかったのですが、当時私も38歳の若造でしたので我慢。^^v
でもね、結局これは彼の作戦だったのですね。私のその一言を聞いて彼はニコって笑いましたわ。そして私の経歴にいちゃもんをつけたのも、私が感情的になるように煽ったのも、私という人間を見るための彼の手法だったんですね。
この後はその若い面接官は私に質問らしい質問もしませんでした。雑談をした後に、これにて終了と言い渡されましたが、提出した書類とは全く違う話ばかりしましたし、どうなるのか心配になりました。でも、当然その場で合否を言うわけがありません。
握手をして別れるときに彼が言いました。
キャンベラが貴方の体重を心配しています。ダイエットでもしてみますか?
私はその当時から結構太っていて、健康診断で問題があったのかと一瞬思いましたが、そうではないんですね。キャンベラっていうのは首都でそこにイミグレの本拠地があるんですが、私はこのオーストラリア流ジョーク一言で絶対OKが出ると確信しました。
その後、永住権がおり、資産売却などゴタゴタしてオーストラリアへ渡ったわけですが、オーストラリアへ渡ってからはその事業をちゃんとやっているのか?という調査も一切なく、こちらから進行状態を報告することもありませんでした。ああ、アンケートが一度きました。その後どうですか?何か援助が必要ですか?みたいな感じの書類だったので、適当に書いて出しただけです。事業の方は様子見、市場調査ということで手を出さずにプラプラしていたのですが、そんな時にアメリカで通信の規制緩和があり、インターネットが動き出したわけです。下手にパソコン通信なんかやっていたら大変なことになりました。一瞬にして倒産したでしょう。
結局、私は通信のジャンルではありますがインターネットではなくて、電話の方向へ進んで起業しました。インターネットの方に進めば面白いことになっただろうにと今でも悔やむことがありますが、しょうがない。しかし、知らない国でどっぷりのめり込んだら危険だという考えも持っていましたので、遊び半分みたいな仕事でした。逆にそれが良かったのか、後々世の中も変わり、競合が閉鎖して脱落していく中でもどうにか会社は動いていましたっけ。しかし、それも今では遠い思い出です。
渡った頃に話を戻しますが、オーストラリアへ渡ってから、良く永住権が取れましたね、といわれました。というのは、私が取った頃、また変更が有り、難しくなったようです。
その後どれだけの変更があったでしょう。コロコロ変わったようですが、どんどん厳しくなっており、今ではすぐに永住権がおりずに、猶予期間が設定されているようです。その期間中に予定通り事業を興し、それが順調に動いていないと事業家カテゴリーの永住権がおりないようです。
また、退職者用ビザですが、以前は退職者用の永住ビザがあったはずです。その後それは一時滞在ビザとなり、4年ごとの更新となりました。そして今、それも無くなり、退職者用の投資ビザみたいな形になりハードルは高くなるばかりです。
そんな時期に、日本では団塊の世代が海外に目を向けるようになり、昔の海外ブームの再来となったんですね。そして東南アジアの国々がそれぞれ退職者用のビザを新設したり、あるいはハードルを下げて退職者を積極的に呼び込むようになって、現在に至るという感じでしょうか。
永住権申請のためにコンサルタントに支払った額は確か150万円だったと思います。高いとは思ったものの、選べるほど何カ所もあったわけでもなく、この手の申請はコンサルタントの力にかなり左右されるのは事実で、諦めました。ただ、これは日本のコンサルタントですが、オーストラリアの本社から人が来て、私の会社まで実際に来ていろいろ調べたりしていましたし、それなりにコンサルタントも金は掛けていたようです。今でも結構掛かるのではないかと思います。これはあくまで事業家ビザの話で、他のカテゴリーの場合は全く別です。独立移住などのカテゴリーは個人で申請してもOKですし、かなり安く上がるはず。ただ、本当に良く条件がコロコロ変わりますし、精通したコンサルタントに頼むのは良いことだと思います。
後に知ったことですが、オーストラリア人のコンサルタントの友人ができまして、私の会社の日本人スタッフのビザを取るときなど彼に頼みましたが、結構イミグレとはネゴをする余地があったり、審査の順番を上に上げてもらったりしていましたので、やっぱりコンサルタントのコネクションは大事だと思いました。ちなみにオーストラリアの法律で、ビザに関するアドバイス、コンサルタントは免許が必要です。
コンサルタント料に関して一つ思い出しました。こちらに来てから、いくらぐらい掛けたか何人かに聞いたのですが、なんと、600万円払ったと言う人がいたのにはたまげました。いくらなんでもその金額って変。でもね、気持ちはわかります。中には気の早い人もいて、永住する気持ちばかり前に進んで、仕事もやめちゃう人も結構いたようですし、いくら高くても絶対に取って見せます、なんて言われるとお金がある人なら出しちゃうカモですね。
まぁ、この事業家ビザというカテゴリーはかつては簡単だったということです。これは体裁の良いオーストラリアの外貨稼ぎのビジネスだと思ったもんですわ。カモがネギ背負って来たいというのを断る必要もないんですね。50万ドルという資金がボーダーラインでしたが、その何倍のお金を持ち込む人はいくらでもいるわけで、毎年毎年この永住権を出すだけで大変な額の外貨が稼げたことになります。
でも今は事情が違って、簡単ではなさそうです。
ビザがらみで一つ思い出しました。ああ、これは別記事にします。
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聞いた話
2008/05/21
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オーストラリア人に聞いた話を一つ紹介します。
未来の話です。
A 「そろそろ私の脳みそも疲れてきたんで、今のを下取りに出して新しいのに取り替えようと思うんだよ。」
妻 「あら、いいんじゃない。ちょっと物忘れも多くなってきたし、時期かもね。」
ということで、Aは脳外科の医師に相談に行きました。
医師 「はい、はい、わかりました。では移植することにしましょう。ところで、どんな脳みそがいいですか?」
A 「どんな種類があるんでしょう?」
医師 「いろいろありますが、在庫もそこそこで値段がこなれているのがアメリカ人の脳みそですね。ただちょっと性格的に我が儘になる傾向が報告されていますが、お奨めです。値段は5000ドルです。」
A 「5000ドルですか、結構いい値段ですね。もっと安いのはありませんか?」
医師 「中国人のは3000ドルですが、さぁ、どうでしょう。好みによると思いますが中国人自身が他国の脳みそを欲しがる時代ですし、この脳みそも昨日下取りしたものです。在庫はたくさんあります。」
A 「なるほど。では値段は別にしてこれならばっちり!っていうのはありますか?」
医師 「日本人のはどうです?8000ドルですが、情緒的にも豊になり、頭の回転はかなり速くなりますよ。」
A 「ほーー、それはいいですね。他には何かありますか?」
医師 「一番良いのはやっぱりオーストラリア人の脳みそです。12000ドルですが。」
A 「これまた随分高いですね。どうしてそんなに高いんですか?」
医師 「なんせほとんど使っていませんから。新品同様です。」
A 「・・・・・・・・・・・・」
なんて差別丸出しのくだらない話ですが、この話はオーストラリア人だからできる話で、私からはこれを言う勇気はありません。
って、書いてるし・・・・・
傾向として、自虐的なものが多いような気がするなぁ。で、アメリカをこき下ろすのも多い。ただ、日本を笑う話は私は聞いた覚えがないです。それなりに気を遣ってくれてるんでしょうね。
そういえば、昔、商社に勤めている友人から聞いた話を思い出しました。Japan as No.1 なんて言われていた良き時代のことですが、
1豪 3アメ ヨーロッ8
いちごう さんあめ よーろっぱ と読むそうですが、商社マンが海外勤務を命じられて、この年数以上その国に駐在した場合、日本に帰ってきてからはもう使い物にならないなんて言われていたそうです。
オーストラリアはたったの1年・・・・・・
それだけ平和でゆったりして住みやすい国ということだと理解することにしています。^^v
オーストラリア人が自虐的なジョークをいうのも、裏を返せば自慢だというのがわかりますよね。
しかし、今の日本。外から見ているといいことは何もないように見えるんですが、大丈夫なんでしょうか。
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オーストラリア人に聞いた話を一つ紹介します。
未来の話です。
A 「そろそろ私の脳みそも疲れてきたんで、今のを下取りに出して新しいのに取り替えようと思うんだよ。」
妻 「あら、いいんじゃない。ちょっと物忘れも多くなってきたし、時期かもね。」
ということで、Aは脳外科の医師に相談に行きました。
医師 「はい、はい、わかりました。では移植することにしましょう。ところで、どんな脳みそがいいですか?」
A 「どんな種類があるんでしょう?」
医師 「いろいろありますが、在庫もそこそこで値段がこなれているのがアメリカ人の脳みそですね。ただちょっと性格的に我が儘になる傾向が報告されていますが、お奨めです。値段は5000ドルです。」
A 「5000ドルですか、結構いい値段ですね。もっと安いのはありませんか?」
医師 「中国人のは3000ドルですが、さぁ、どうでしょう。好みによると思いますが中国人自身が他国の脳みそを欲しがる時代ですし、この脳みそも昨日下取りしたものです。在庫はたくさんあります。」
A 「なるほど。では値段は別にしてこれならばっちり!っていうのはありますか?」
医師 「日本人のはどうです?8000ドルですが、情緒的にも豊になり、頭の回転はかなり速くなりますよ。」
A 「ほーー、それはいいですね。他には何かありますか?」
医師 「一番良いのはやっぱりオーストラリア人の脳みそです。12000ドルですが。」
A 「これまた随分高いですね。どうしてそんなに高いんですか?」
医師 「なんせほとんど使っていませんから。新品同様です。」
A 「・・・・・・・・・・・・」
なんて差別丸出しのくだらない話ですが、この話はオーストラリア人だからできる話で、私からはこれを言う勇気はありません。
って、書いてるし・・・・・
傾向として、自虐的なものが多いような気がするなぁ。で、アメリカをこき下ろすのも多い。ただ、日本を笑う話は私は聞いた覚えがないです。それなりに気を遣ってくれてるんでしょうね。
そういえば、昔、商社に勤めている友人から聞いた話を思い出しました。Japan as No.1 なんて言われていた良き時代のことですが、
1豪 3アメ ヨーロッ8
いちごう さんあめ よーろっぱ と読むそうですが、商社マンが海外勤務を命じられて、この年数以上その国に駐在した場合、日本に帰ってきてからはもう使い物にならないなんて言われていたそうです。
オーストラリアはたったの1年・・・・・・
それだけ平和でゆったりして住みやすい国ということだと理解することにしています。^^v
オーストラリア人が自虐的なジョークをいうのも、裏を返せば自慢だというのがわかりますよね。
しかし、今の日本。外から見ているといいことは何もないように見えるんですが、大丈夫なんでしょうか。
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