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光と影
2008/06/03
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ドロドロしたものって間違いなく存在するわけだけれど、そのドロドロが嫌いな人って多いですよね。
私?実はそのドロドロが結構好きなんですよ。
物事には常に二面性、多面性があると思うんですわ。光と影、裏と表、本音と建て前、陰と陽とか。そしてその両方が合わさって一つの物が存在するのであって、片方だけってのはあり得ないんですよね。
で、その両面を知り理解した上で、そのものに価値があるのかどうかってのが大事なんでしょ?良いところだけ、悪いところだけ取り上げて良いの悪いの言ってもしょうがないもの。で、一般的な傾向としては良い物だけに焦点を当てて、悪い方は無視するでしょ。私もそうです。だからこそ、あえて影の部分に気を向ける事が多いです。
面白いのは、みんなが見たくない、知りたくないその影の部分に結構真実があるってことなんですよね。日馬プレスの記事にそれを感じました。また、仕事で言えばそこに儲けのネタがあるなんてのは毎度のこと。
どんな会社にも苦情係っていますよね。カスタマーサポートでも何でも良いんですが、あの仕事を嫌う人が多いけれど、私は大好きなんです。その会社の良いところ、悪いところ全部わかるのがその部署。客が望んでいるのは何かがわかるのもその部署だけと言っても言い過ぎじゃないくらい。
だからドロドロを嫌うのではなくて、そのドロドロとどう付き合うのか考えてそれを自分で繰れるようになる必要があるといつも考えています。嫌いな物に蓋をして、それが存在しないことにしちゃったら、自分は真実を知ることが出来なくなるって事ですよね。これって恐いことだと思いません?仕事の上でもそれをよく感じます。自分の商品、サービスの良いところばかりを言うのは自分一人で、世間はそうは思っていない、なんてね。だから失敗しても首をかしげるばかり。売れない理由もよくわからない。
おとぎ話の中に住んでいるわけでも無いし、好き嫌いは横においといて真実を知る必要がある。そしてそれをすることが嫌いな人が多いから、結果、真実を知るのは少数となる。てなこともあって、仕事ならそこに利潤を見いだすことも出来るわけですよね。
きよ店長さん、ドロドロの中にこそ宝があるんですよー、なんてことも書いちゃったりしてみます。^^;
他人と違うことをやれ、って良く言われることですが、それってまさにこれだと思います。逆転の発想もそれ。
相場の格言で大好きなのがあります。
人の行く裏に道あり 花の山
私の人生はまさにそれでした。裏街道専門。 www
善と悪ってのもそれと似たようなことがあると思っています。ペアで一組。また、何が善で何が悪なのか、本当に簡単にわかることなんでしょうか。よくよく考えてみるとどっちがどうだかわからないなんてことはないですか?
好きなことが善で、嫌いなことは悪。
人間の善悪の判断って後先が逆で、意外とこんな程度じゃないかと思うことも多々あります。
で、またボランティアに話を移しますが、ボランティアは善だと簡単に考えるべきじゃないと思っています。相手の為に、相手を主体と考えて行う行動がボランティアであって、自分がやりたいことをやって自己満足してるのはボランティアじゃないでしょ?困った人を利用しているただのナルシストになりたくないですよね。
私の友人にこういう人がいます。その人は一生懸命ボランティアに打ち込んでいるんですが、その人にどうしてそこまでやるの?と聞いたことがあります。
人生は修行の場。ボランティアを通して自分の魂の霊格をあげるんです。
との答え。この言葉は宗教をかじった人が良く使う言葉ですが、その友人からそれを聞いたときに、私は付き合いを考え直そうと思ったくらいです。相手不在のボランティア、自分のためのボランティア。そこまで自己陶酔できるものなのかと、背筋が寒くなりました。
随分前ですが、災害救助の場面をテレビで見たときでした。救助員が一人の命を助けた場面で、見てる人みんなが拍手喝采をしたところで、その救助員が言いました。
たった一人しか助けられなかった
彼はそう言って泣くんですよ。私はその言葉に心を打たれました。この人は本物だと思いました。
ボランティアが自分のしたことを宣伝したり、満足したり、自慢することって無いんだろうと思います。ボランティアって際限がないはずです。やってもやってもまだ足りない。いつになっても終わらない。満足する事以上に、もっと出来ない自分に歯がゆさを感じる。ボランティアってそんなことばかり考えていると私は思います。
だからいつも思うわけです。自分のやってることを自画自賛する人はボランティアではないと。その人は自分のためにやっているだけ。しゃべればしゃべるほど、ナルシストにしか見えてきません。
でもやらないよりやったほうがいいよねぇ、なんていう人も多いですが、私はそうは思わないんです。多くの宗教家が自己陶酔の固まりになっておかしくなっていくのを私たちは何度となく良く見ていますが、それと全く同じ危険がそこにあるってことだと思います。
無償の愛。素晴らしいと思います。自分の子供を心配するように、世界の反対側で死んでいく子供達を心配できるようになれるものなのでしょうか。
自分の親を心配するように、マレーシアに、オーストラリアに渡ってくるお年寄りに接することができるのでしょうか。
人間は弱い生き物だと思います。ましてや暇になればなるほど、自分の存在価値を見いだせなくなって、何かをしたくなる。あるいは自分が感じる幸せを確認するために、他人にも同じ事を押しつけたくなる。そこに生き甲斐を感じて、成果を自慢する。まさか自分は自分のためにやってるなんてことには気がつかない。
それを感じ取って批判する人がいるわけですね。私もそういうタイプ。黙ってやらせておけばいいものの、自慢話を聞くと腹が立って一言言いたくなる。大体そういうタイプは悪党タイプが多いのが世の常だと思うのですが、私は悪党って可愛いと思うんですよ。悪党って少なくとも自分は悪いことをやっているっていう自覚があるんですね。
でも、自分が善を行っていると信じている人は、自分を疑うことがない。
とご託を並べている横で、水が無くて死んでいく人もいるし、見知らぬ海外に来て困ってる人もいるわけですね。理屈はどうでもいいから助けてくれと言っているわけです。
ということで、できることがあれば私もやらせていただいています。^^v
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ドロドロしたものって間違いなく存在するわけだけれど、そのドロドロが嫌いな人って多いですよね。
私?実はそのドロドロが結構好きなんですよ。
物事には常に二面性、多面性があると思うんですわ。光と影、裏と表、本音と建て前、陰と陽とか。そしてその両方が合わさって一つの物が存在するのであって、片方だけってのはあり得ないんですよね。
で、その両面を知り理解した上で、そのものに価値があるのかどうかってのが大事なんでしょ?良いところだけ、悪いところだけ取り上げて良いの悪いの言ってもしょうがないもの。で、一般的な傾向としては良い物だけに焦点を当てて、悪い方は無視するでしょ。私もそうです。だからこそ、あえて影の部分に気を向ける事が多いです。
面白いのは、みんなが見たくない、知りたくないその影の部分に結構真実があるってことなんですよね。日馬プレスの記事にそれを感じました。また、仕事で言えばそこに儲けのネタがあるなんてのは毎度のこと。
どんな会社にも苦情係っていますよね。カスタマーサポートでも何でも良いんですが、あの仕事を嫌う人が多いけれど、私は大好きなんです。その会社の良いところ、悪いところ全部わかるのがその部署。客が望んでいるのは何かがわかるのもその部署だけと言っても言い過ぎじゃないくらい。
だからドロドロを嫌うのではなくて、そのドロドロとどう付き合うのか考えてそれを自分で繰れるようになる必要があるといつも考えています。嫌いな物に蓋をして、それが存在しないことにしちゃったら、自分は真実を知ることが出来なくなるって事ですよね。これって恐いことだと思いません?仕事の上でもそれをよく感じます。自分の商品、サービスの良いところばかりを言うのは自分一人で、世間はそうは思っていない、なんてね。だから失敗しても首をかしげるばかり。売れない理由もよくわからない。
おとぎ話の中に住んでいるわけでも無いし、好き嫌いは横においといて真実を知る必要がある。そしてそれをすることが嫌いな人が多いから、結果、真実を知るのは少数となる。てなこともあって、仕事ならそこに利潤を見いだすことも出来るわけですよね。
きよ店長さん、ドロドロの中にこそ宝があるんですよー、なんてことも書いちゃったりしてみます。^^;
他人と違うことをやれ、って良く言われることですが、それってまさにこれだと思います。逆転の発想もそれ。
相場の格言で大好きなのがあります。
人の行く裏に道あり 花の山
私の人生はまさにそれでした。裏街道専門。 www
善と悪ってのもそれと似たようなことがあると思っています。ペアで一組。また、何が善で何が悪なのか、本当に簡単にわかることなんでしょうか。よくよく考えてみるとどっちがどうだかわからないなんてことはないですか?
好きなことが善で、嫌いなことは悪。
人間の善悪の判断って後先が逆で、意外とこんな程度じゃないかと思うことも多々あります。
で、またボランティアに話を移しますが、ボランティアは善だと簡単に考えるべきじゃないと思っています。相手の為に、相手を主体と考えて行う行動がボランティアであって、自分がやりたいことをやって自己満足してるのはボランティアじゃないでしょ?困った人を利用しているただのナルシストになりたくないですよね。
私の友人にこういう人がいます。その人は一生懸命ボランティアに打ち込んでいるんですが、その人にどうしてそこまでやるの?と聞いたことがあります。
人生は修行の場。ボランティアを通して自分の魂の霊格をあげるんです。
との答え。この言葉は宗教をかじった人が良く使う言葉ですが、その友人からそれを聞いたときに、私は付き合いを考え直そうと思ったくらいです。相手不在のボランティア、自分のためのボランティア。そこまで自己陶酔できるものなのかと、背筋が寒くなりました。
随分前ですが、災害救助の場面をテレビで見たときでした。救助員が一人の命を助けた場面で、見てる人みんなが拍手喝采をしたところで、その救助員が言いました。
たった一人しか助けられなかった
彼はそう言って泣くんですよ。私はその言葉に心を打たれました。この人は本物だと思いました。
ボランティアが自分のしたことを宣伝したり、満足したり、自慢することって無いんだろうと思います。ボランティアって際限がないはずです。やってもやってもまだ足りない。いつになっても終わらない。満足する事以上に、もっと出来ない自分に歯がゆさを感じる。ボランティアってそんなことばかり考えていると私は思います。
だからいつも思うわけです。自分のやってることを自画自賛する人はボランティアではないと。その人は自分のためにやっているだけ。しゃべればしゃべるほど、ナルシストにしか見えてきません。
でもやらないよりやったほうがいいよねぇ、なんていう人も多いですが、私はそうは思わないんです。多くの宗教家が自己陶酔の固まりになっておかしくなっていくのを私たちは何度となく良く見ていますが、それと全く同じ危険がそこにあるってことだと思います。
無償の愛。素晴らしいと思います。自分の子供を心配するように、世界の反対側で死んでいく子供達を心配できるようになれるものなのでしょうか。
自分の親を心配するように、マレーシアに、オーストラリアに渡ってくるお年寄りに接することができるのでしょうか。
人間は弱い生き物だと思います。ましてや暇になればなるほど、自分の存在価値を見いだせなくなって、何かをしたくなる。あるいは自分が感じる幸せを確認するために、他人にも同じ事を押しつけたくなる。そこに生き甲斐を感じて、成果を自慢する。まさか自分は自分のためにやってるなんてことには気がつかない。
それを感じ取って批判する人がいるわけですね。私もそういうタイプ。黙ってやらせておけばいいものの、自慢話を聞くと腹が立って一言言いたくなる。大体そういうタイプは悪党タイプが多いのが世の常だと思うのですが、私は悪党って可愛いと思うんですよ。悪党って少なくとも自分は悪いことをやっているっていう自覚があるんですね。
でも、自分が善を行っていると信じている人は、自分を疑うことがない。
とご託を並べている横で、水が無くて死んでいく人もいるし、見知らぬ海外に来て困ってる人もいるわけですね。理屈はどうでもいいから助けてくれと言っているわけです。
ということで、できることがあれば私もやらせていただいています。^^v
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モスリムと値引き
2008/05/28
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いつの頃だったか、家族とインドネシアはバリ島へ行ったときの事を思い出しました。
買い物時の値引きのことです。
バリに行ったら買い物が面白いというのはよく言われている事で、叩いて値切って、もういらないよと言いつつまた値切って最初の値段の30%とか20%で買うというあれです。
確かにやってみると面白い事は面白い。何度かそれをやっているうちに嫁といつの間にか連係プレイも出来るようになって、もうこの辺が妥協点かなと思う頃に、嫁が、さぁ、行きましょうと店を出るわけです。私も嫁が欲しくなさそうだからしょうがないね、というような顔をして外に出るわけです。でも、彼らはそれを遮るようにしてどうにか売ろうとする。で、また値引き交渉。結構早く勝負がつきますね。こちらとしてもこんなに安くて良いの?っていう値段まで下がって、じゃぁ、しょうがないなぁ、とOKを出して買う。
こんな事を何度か繰り返していたのですが、すぐ飽きるんですよ。それと売り子の悲痛な顔、あるいは怒ったような顔も見るようになると、それは作った顔だとは思いながら、そんなにまでして安く買いたくないと思ってしまうわけです。ここがもしかしたら関東人の関東人たる所以なのかも知れませんが、値引きごっこもあまり面白い物ではありませんでした。
そんな時にフト、年寄りが異常なほどに少ない事に気がついたんです。あらら、と思って見渡すとみんな若い。不思議だねーと嫁と話しながら歩いていると、いましたいました、お年寄り。多くの店が並んでいるところからちょっと離れたところで座っておりました。物乞いです。
なにかこの年寄りが気になって、離れて観察をしていたのですが、物乞いとしての卑屈さが全くないんです。堂々として、仙人のようにも見えてくるし、店でどうにか自分の商品を売ろうとしている銭ゲバの若い商人とは全く別の人種に見えてきたんです。
どちらが本当のバリ島の人なんだろう?
そんなことを嫁と話していたのですが、なぜかその老人に敬意を表したくなるような変な感覚になってきたのです。売り子達のあの強引さを考えると、きっとあの老人も家に帰ると稼ぎに寄っては子供達にいじめられたりするのではないか、そんな気にもなってきました。
いや、そんなことはあるまい。老人を大事にするはずだと、バリの街を見ていると感じるものがあったのも確か。大阪人の何倍も商魂たくましく見える彼らの神に対する従順さというか、敬いの心はあちこちで感じましたし、どうも金儲けだけしか考えない人種ではないような気がしてきたのです。
そして嫁に言いました。この値段でも良いと思ってからもっと値引きをしてもらったけれど、それってどのくらいの金額になるかな、と。結構買い物をしたものの、値段自体が安いので値引きの総額もたいしたことはありません。多分数千円だろうと思います。そして、私はその分のお金をその老人に全部与えました。
どうもその老人を見ていると、値引きそのものを楽しむ自分が卑しい人間に思えてきて、申し訳なかった、とその分を老人に返したくなったのです。その老人にしてみると大金だろうと思いますが、びっくりする様子もなく、静かに頭を下げただけ。で、思わず私も頭を下げてそれに応えてしまいました。
一体俺は何をしたんだ?もしかしたらあの老人のような姿が物乞いを商売とした場合、完璧な姿なのかな、とか、いろいろ考えながら歩いていましたが、この値引き自体もやっぱり変だと思うようになってきたんです。値引き交渉も適当なところで止めるべきだな、と。
私も商人の育ちですから、値段を叩けるものは叩くのが当然という考えがある代わりに、実際には利益が出なくても売らないとなら無いときには売るというのもわかるし、適正利益がどのくらいかもわかりませんが、相手を儲けさせるのも大事な事なわけですね。損をしてまで売るわけがない、というのはなさそうでも実はよくある。彼らが損をしてまで売るのかどうか、その辺は私にはわかるわけもないですが、買う方である我々がこの値段でも充分安いと思った時点で値引き交渉をあえて止めるというのが当たり前だと思うようになりました。
そりゃ、彼らの思うつぼで、単なるカモかもしれないけれど、私はそれで良いと思ったんです。こちらにしてみると充分安いわけですから、彼らが何倍儲けようと関係が無いわけです。
私は若い頃、日本で流通関係で仕事をしていたのですが、そのことを思い出していました。いわゆる百貨店やスーパーである商品を売る催事屋だったのですが、百貨店の外商と上客を回って、客からはもちろん外商からも値引きをしつこく言われるなんてことも毎度の事で、原価を割って販売する事もありましたが、大体、問屋も百貨店も客も三者が利益を得られるところで値段って落ち着く物なんですよね。誰かが損をする仕事は続くはずがないし、逆にみんなが儲けられたらこんなに良い事はないわけです。
そんな事を考えていたら、バリで値引きを強要するのも適当な所で止めようと思ったわけです。こちらも安く買ったと満足する価格で、売り子もしっかり儲けたと笑える金額で、まるで問題がないんですね。で、その落ち着く金額というのは、客によってまるで違うわけです。裕福な人間は多少高くても構わないわけだし、本当にお金が無くてどうしても安くしてもらわないと困る人は最後の最後まで粘る。売り子の方もそれを心得ていて、金持ちからはふんだくって、貧乏人には安く売る。
もしそれが成り立つなら、これほど民主的な商売はないのではないかとさえ思うようになりました。定価販売が当たり前なんだと、私はそれを疑った事がありませんでしたが、値段は相手によって変わるのが当たり前で、そうあるべきなんだと、バリの街で気がつきました。値段が違う事こそが平等であるという考え方です。
そして、それこそがイスラムの教えなのではなかろうかと・・・
まぁ、バリ島はイスラム教徒は少ないわけですが、そんな事を考えて一人で納得していました。
で、マレーシア。イスラム教徒が多い町。その街で早く買い物をしてみたいと思います。そして、ちょっとイスラムの教えも勉強してみたい。
去年だったかな、テレビでエジプトの繁栄の歴史を見ました。カイロがあれだけ奇跡的な繁栄を保てたというのはイスラム教がバックグラウンドにあったったからだとその番組では結論づけていましたが、テロ事件以降、どうもイスラム教徒には怖さを感じていましたし、昔から言われている、目には目を歯には歯をというのも、一般的な無知な私のような日本人に恐怖を植え込むのには充分だったはず。
しかし、イスラム教の基本は助け合いの精神だというのをその番組で知りました。弱きを助けるために、金持ちがこぞってお金を使うんですね。競争して貧しい人たちのために食事を振る舞う姿に感動したものです。まぁ、日頃搾取をしている側もたまにはカモに餌をやらないとならないってこともあるんでしょうが、私はイスラム教の教えの良い面を見ようと思いました。
それと最近、アメリカのアメリカンドリームに関しても考え方が変わってきました。成功物語は自分だけのものじゃなくて、みんなの物であるんだと思うようになりました。アメリカには勝ち組はその富を自分の物として独り占めしない習慣があるんですね。だから、弱い者は自分が出来ない分、強い者を応援して、その人が勝つ事によって自分も生きていけるというのを知っているんだと思うようになりました。アメリカ人のボランティア精神とか、信心深さには頭の下がるときがあります。高額の税金を払っていながら、あるいはそれほど裕福でもないのに、ちゃんと収入の10%を教会に寄付する人は少なくない。
そんな事を考えると、バリ島でガンガン値引き交渉をして喜んでいた自分って何だったのだろうと思ってしまうわけです。そんな意味でも、マレーシアのイスラム教徒達の生活、考え方を見てみたいと思いました。今まで知らなかった彼らの良いところが発見できたら、と思うと楽しみで仕方がありません。
その点、中国人ってのは・・・・・ま、いっか。
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買い物時の値引きのことです。
バリに行ったら買い物が面白いというのはよく言われている事で、叩いて値切って、もういらないよと言いつつまた値切って最初の値段の30%とか20%で買うというあれです。
確かにやってみると面白い事は面白い。何度かそれをやっているうちに嫁といつの間にか連係プレイも出来るようになって、もうこの辺が妥協点かなと思う頃に、嫁が、さぁ、行きましょうと店を出るわけです。私も嫁が欲しくなさそうだからしょうがないね、というような顔をして外に出るわけです。でも、彼らはそれを遮るようにしてどうにか売ろうとする。で、また値引き交渉。結構早く勝負がつきますね。こちらとしてもこんなに安くて良いの?っていう値段まで下がって、じゃぁ、しょうがないなぁ、とOKを出して買う。
こんな事を何度か繰り返していたのですが、すぐ飽きるんですよ。それと売り子の悲痛な顔、あるいは怒ったような顔も見るようになると、それは作った顔だとは思いながら、そんなにまでして安く買いたくないと思ってしまうわけです。ここがもしかしたら関東人の関東人たる所以なのかも知れませんが、値引きごっこもあまり面白い物ではありませんでした。
そんな時にフト、年寄りが異常なほどに少ない事に気がついたんです。あらら、と思って見渡すとみんな若い。不思議だねーと嫁と話しながら歩いていると、いましたいました、お年寄り。多くの店が並んでいるところからちょっと離れたところで座っておりました。物乞いです。
なにかこの年寄りが気になって、離れて観察をしていたのですが、物乞いとしての卑屈さが全くないんです。堂々として、仙人のようにも見えてくるし、店でどうにか自分の商品を売ろうとしている銭ゲバの若い商人とは全く別の人種に見えてきたんです。
どちらが本当のバリ島の人なんだろう?
そんなことを嫁と話していたのですが、なぜかその老人に敬意を表したくなるような変な感覚になってきたのです。売り子達のあの強引さを考えると、きっとあの老人も家に帰ると稼ぎに寄っては子供達にいじめられたりするのではないか、そんな気にもなってきました。
いや、そんなことはあるまい。老人を大事にするはずだと、バリの街を見ていると感じるものがあったのも確か。大阪人の何倍も商魂たくましく見える彼らの神に対する従順さというか、敬いの心はあちこちで感じましたし、どうも金儲けだけしか考えない人種ではないような気がしてきたのです。
そして嫁に言いました。この値段でも良いと思ってからもっと値引きをしてもらったけれど、それってどのくらいの金額になるかな、と。結構買い物をしたものの、値段自体が安いので値引きの総額もたいしたことはありません。多分数千円だろうと思います。そして、私はその分のお金をその老人に全部与えました。
どうもその老人を見ていると、値引きそのものを楽しむ自分が卑しい人間に思えてきて、申し訳なかった、とその分を老人に返したくなったのです。その老人にしてみると大金だろうと思いますが、びっくりする様子もなく、静かに頭を下げただけ。で、思わず私も頭を下げてそれに応えてしまいました。
一体俺は何をしたんだ?もしかしたらあの老人のような姿が物乞いを商売とした場合、完璧な姿なのかな、とか、いろいろ考えながら歩いていましたが、この値引き自体もやっぱり変だと思うようになってきたんです。値引き交渉も適当なところで止めるべきだな、と。
私も商人の育ちですから、値段を叩けるものは叩くのが当然という考えがある代わりに、実際には利益が出なくても売らないとなら無いときには売るというのもわかるし、適正利益がどのくらいかもわかりませんが、相手を儲けさせるのも大事な事なわけですね。損をしてまで売るわけがない、というのはなさそうでも実はよくある。彼らが損をしてまで売るのかどうか、その辺は私にはわかるわけもないですが、買う方である我々がこの値段でも充分安いと思った時点で値引き交渉をあえて止めるというのが当たり前だと思うようになりました。
そりゃ、彼らの思うつぼで、単なるカモかもしれないけれど、私はそれで良いと思ったんです。こちらにしてみると充分安いわけですから、彼らが何倍儲けようと関係が無いわけです。
私は若い頃、日本で流通関係で仕事をしていたのですが、そのことを思い出していました。いわゆる百貨店やスーパーである商品を売る催事屋だったのですが、百貨店の外商と上客を回って、客からはもちろん外商からも値引きをしつこく言われるなんてことも毎度の事で、原価を割って販売する事もありましたが、大体、問屋も百貨店も客も三者が利益を得られるところで値段って落ち着く物なんですよね。誰かが損をする仕事は続くはずがないし、逆にみんなが儲けられたらこんなに良い事はないわけです。
そんな事を考えていたら、バリで値引きを強要するのも適当な所で止めようと思ったわけです。こちらも安く買ったと満足する価格で、売り子もしっかり儲けたと笑える金額で、まるで問題がないんですね。で、その落ち着く金額というのは、客によってまるで違うわけです。裕福な人間は多少高くても構わないわけだし、本当にお金が無くてどうしても安くしてもらわないと困る人は最後の最後まで粘る。売り子の方もそれを心得ていて、金持ちからはふんだくって、貧乏人には安く売る。
もしそれが成り立つなら、これほど民主的な商売はないのではないかとさえ思うようになりました。定価販売が当たり前なんだと、私はそれを疑った事がありませんでしたが、値段は相手によって変わるのが当たり前で、そうあるべきなんだと、バリの街で気がつきました。値段が違う事こそが平等であるという考え方です。
そして、それこそがイスラムの教えなのではなかろうかと・・・
まぁ、バリ島はイスラム教徒は少ないわけですが、そんな事を考えて一人で納得していました。
で、マレーシア。イスラム教徒が多い町。その街で早く買い物をしてみたいと思います。そして、ちょっとイスラムの教えも勉強してみたい。
去年だったかな、テレビでエジプトの繁栄の歴史を見ました。カイロがあれだけ奇跡的な繁栄を保てたというのはイスラム教がバックグラウンドにあったったからだとその番組では結論づけていましたが、テロ事件以降、どうもイスラム教徒には怖さを感じていましたし、昔から言われている、目には目を歯には歯をというのも、一般的な無知な私のような日本人に恐怖を植え込むのには充分だったはず。
しかし、イスラム教の基本は助け合いの精神だというのをその番組で知りました。弱きを助けるために、金持ちがこぞってお金を使うんですね。競争して貧しい人たちのために食事を振る舞う姿に感動したものです。まぁ、日頃搾取をしている側もたまにはカモに餌をやらないとならないってこともあるんでしょうが、私はイスラム教の教えの良い面を見ようと思いました。
それと最近、アメリカのアメリカンドリームに関しても考え方が変わってきました。成功物語は自分だけのものじゃなくて、みんなの物であるんだと思うようになりました。アメリカには勝ち組はその富を自分の物として独り占めしない習慣があるんですね。だから、弱い者は自分が出来ない分、強い者を応援して、その人が勝つ事によって自分も生きていけるというのを知っているんだと思うようになりました。アメリカ人のボランティア精神とか、信心深さには頭の下がるときがあります。高額の税金を払っていながら、あるいはそれほど裕福でもないのに、ちゃんと収入の10%を教会に寄付する人は少なくない。
そんな事を考えると、バリ島でガンガン値引き交渉をして喜んでいた自分って何だったのだろうと思ってしまうわけです。そんな意味でも、マレーシアのイスラム教徒達の生活、考え方を見てみたいと思いました。今まで知らなかった彼らの良いところが発見できたら、と思うと楽しみで仕方がありません。
その点、中国人ってのは・・・・・ま、いっか。
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本音の難しさ
2008/05/24
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実は昨日、あれれ、一昨日か。ここにいろいろ書いたんですが、後で読み返してみると結構過激な文章なので削除しちゃいました。
書いた内容がめちゃくちゃというより、本当に言いたいこと、伝えたいことを書いたんですよ。削除する前に読んだ人もいるかと思いますが、本当に書きたいことを書いたんです。
でもねぇ、かなり角が立つんですね、本音って。
まぁ、文章って書き方一つでかなり違うと思うんですが、私は文章を書くのが得意ではないし、読み手の心理を考えながらなんてことが出来るほど器用でもないし、思ったことをこうやってダラダラ書くだけなんですよ。で、伝えたいと思うと過激になってしまう。あはは、困りましたねぇ。優しく当たり障りが無いように書くと、簡単に聞き流して意外にわかってくれないことも多いし、ガーンと感情に訴えたいと思うと角が立つということです。このどちらかでもない良い方法があるのでしょうが、私にはそれがわかりません。
情報発信と言うことなら、見やすく箇条書きにするとか考えるべきなんでしょうが、私としては情報発信しているという意識がまるでないんですわ。自分が思ったことの殴り書きであるし、後で自分でそれを読んで、あんな時にあんな事を考えてあんな馬鹿な事をやっていたんだなぁ、って見てみたいだけなんです。だから、見る人に見やすいようにとか、情報をまとめてわかりやすくという意識がない。いや、そうやろうと思っても出来ないんですよ。
また、そんな書き方なのに読みに来てくれる人が結構いるのも不思議なんですが、きっと情報というより、考え方に興味があるのかな、なんて思っています。ここには情報らしい情報はないし、元々私だって情報が欲しくて、情報を持っている人との繋がりを作るきっかけとしてこのブログを始めたんですから。
まぁ、そんなことで、昨日は本当に書きたいことを書いたのだけれど削除しちゃった。何のためのブログなんでしょうね。このブログを見に来てくれている方々の多くは移住、永住、早期リタイアに興味ある方が多いのがわかっていますが、そういう方々に私が伝えられる事って本当は一つしかないんです。
でもそのたった一つのことをどうやって伝えたらいいのか、今の私にはわかりません。
ま、適当にやらせてもらいます。すいません。
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書いた内容がめちゃくちゃというより、本当に言いたいこと、伝えたいことを書いたんですよ。削除する前に読んだ人もいるかと思いますが、本当に書きたいことを書いたんです。
でもねぇ、かなり角が立つんですね、本音って。
まぁ、文章って書き方一つでかなり違うと思うんですが、私は文章を書くのが得意ではないし、読み手の心理を考えながらなんてことが出来るほど器用でもないし、思ったことをこうやってダラダラ書くだけなんですよ。で、伝えたいと思うと過激になってしまう。あはは、困りましたねぇ。優しく当たり障りが無いように書くと、簡単に聞き流して意外にわかってくれないことも多いし、ガーンと感情に訴えたいと思うと角が立つということです。このどちらかでもない良い方法があるのでしょうが、私にはそれがわかりません。
情報発信と言うことなら、見やすく箇条書きにするとか考えるべきなんでしょうが、私としては情報発信しているという意識がまるでないんですわ。自分が思ったことの殴り書きであるし、後で自分でそれを読んで、あんな時にあんな事を考えてあんな馬鹿な事をやっていたんだなぁ、って見てみたいだけなんです。だから、見る人に見やすいようにとか、情報をまとめてわかりやすくという意識がない。いや、そうやろうと思っても出来ないんですよ。
また、そんな書き方なのに読みに来てくれる人が結構いるのも不思議なんですが、きっと情報というより、考え方に興味があるのかな、なんて思っています。ここには情報らしい情報はないし、元々私だって情報が欲しくて、情報を持っている人との繋がりを作るきっかけとしてこのブログを始めたんですから。
まぁ、そんなことで、昨日は本当に書きたいことを書いたのだけれど削除しちゃった。何のためのブログなんでしょうね。このブログを見に来てくれている方々の多くは移住、永住、早期リタイアに興味ある方が多いのがわかっていますが、そういう方々に私が伝えられる事って本当は一つしかないんです。
でもそのたった一つのことをどうやって伝えたらいいのか、今の私にはわかりません。
ま、適当にやらせてもらいます。すいません。
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シニアだとぉ?このぉ
2008/05/22
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今日、ホットメールをチェックしていてフト気がついた。
楽天で買い物をするのが好きなんだけれど、毎日毎日メールがごっそり来るのね。その中でシニア向けの広告メールがあった。
シニア?誰のことだ?
私以外に私のアカウントにメールが来るはずもないし。シニアって私のことか?
オニーサンと呼ばれるよりオジサンと呼ばれることが多くなったと思ったのはついこの間のような気がするけれど、そういえば最近はオニーサンと呼ばれることは無い。確かに無い!うーーーむ、シニアってやっぱり私の事か・・・
そういえば、マレーシアの事を調べていて気がついたことは、マレーシアでは55歳を越えるとジジー扱いだということ。
マレーシア?ふんっ、行きたくなくなったよーーーーだ。
なーーんてのはおいといて。海外在住の人で楽天を使ってる人いますか?
最近ね、海外にも発送OKの店が多いんですよ。重いものを買うと送料で気が狂っちゃいますが、海苔とか昆布なんてのは採算が合います。
いや、採算が合うどころか楽天の方が良いです。
え?ゴールドコーストには海苔も昆布も売ってないのか、って?
冗談言っちゃ困りますぜ、お客さん。
売っておりまんがなぁ〜〜〜〜
でもね、良いものがないんですよ。日本食で売って無いものは無いと言って良いくらいなんですが、良いもの、珍しいものは無かとですたい。
で、楽天の出番。海苔もうまか〜〜〜〜〜〜。昆布もうまか〜〜〜〜〜。
我が家では昆布はあんまり食べずに出汁専用と言ってもいいくらいなんですが、出汁となればどうしても欲しいのが羅臼昆布。羅臼、羅臼と言っても何でもいいってわけじゃござーせん。糞高いのはいらないし、名前ばかり羅臼ってのも困る。
で、養殖の2級とかいうやつが一番コストパフォーマンスが高いんじゃなかろうかなんて思っております。
以前は日本に帰ったときにデパ地下で買ったり、御徒町に行ったりしたんですが、意外に良いものがないんですね。一見良さそうに見えても、見えるところだけ綺麗な昆布で、中にはクズが入ってるなんてのが当たり前。やっぱり築地の場外で買うしかないか、なんて思っていて発見したのが楽天。
昆布もちゃんと一枚物で売っております。
海苔にしても、上から読んでも下から読んでも同じメーカーがありますが、以前、そこの一族に安く譲ってもらった海苔がまずくて頭に来たことがあるんですが、その点、楽天の無名の海苔屋でもびっくりするような良いものがあります。
楽天、お奨めっす
え?マイルが貯まるから買うんだろうって?えーー、それは言わないお約束〜〜〜〜。
しかし、マジで楽天さえあって何でも届けてくれるなら、世界のどこに住んでも生きていけそうな気がしています。
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今日、ホットメールをチェックしていてフト気がついた。
楽天で買い物をするのが好きなんだけれど、毎日毎日メールがごっそり来るのね。その中でシニア向けの広告メールがあった。
シニア?誰のことだ?
私以外に私のアカウントにメールが来るはずもないし。シニアって私のことか?
オニーサンと呼ばれるよりオジサンと呼ばれることが多くなったと思ったのはついこの間のような気がするけれど、そういえば最近はオニーサンと呼ばれることは無い。確かに無い!うーーーむ、シニアってやっぱり私の事か・・・
そういえば、マレーシアの事を調べていて気がついたことは、マレーシアでは55歳を越えるとジジー扱いだということ。
マレーシア?ふんっ、行きたくなくなったよーーーーだ。
なーーんてのはおいといて。海外在住の人で楽天を使ってる人いますか?
最近ね、海外にも発送OKの店が多いんですよ。重いものを買うと送料で気が狂っちゃいますが、海苔とか昆布なんてのは採算が合います。
いや、採算が合うどころか楽天の方が良いです。
え?ゴールドコーストには海苔も昆布も売ってないのか、って?
冗談言っちゃ困りますぜ、お客さん。
売っておりまんがなぁ〜〜〜〜
でもね、良いものがないんですよ。日本食で売って無いものは無いと言って良いくらいなんですが、良いもの、珍しいものは無かとですたい。
で、楽天の出番。海苔もうまか〜〜〜〜〜〜。昆布もうまか〜〜〜〜〜。
我が家では昆布はあんまり食べずに出汁専用と言ってもいいくらいなんですが、出汁となればどうしても欲しいのが羅臼昆布。羅臼、羅臼と言っても何でもいいってわけじゃござーせん。糞高いのはいらないし、名前ばかり羅臼ってのも困る。
で、養殖の2級とかいうやつが一番コストパフォーマンスが高いんじゃなかろうかなんて思っております。
以前は日本に帰ったときにデパ地下で買ったり、御徒町に行ったりしたんですが、意外に良いものがないんですね。一見良さそうに見えても、見えるところだけ綺麗な昆布で、中にはクズが入ってるなんてのが当たり前。やっぱり築地の場外で買うしかないか、なんて思っていて発見したのが楽天。
昆布もちゃんと一枚物で売っております。
海苔にしても、上から読んでも下から読んでも同じメーカーがありますが、以前、そこの一族に安く譲ってもらった海苔がまずくて頭に来たことがあるんですが、その点、楽天の無名の海苔屋でもびっくりするような良いものがあります。
楽天、お奨めっす
え?マイルが貯まるから買うんだろうって?えーー、それは言わないお約束〜〜〜〜。
しかし、マジで楽天さえあって何でも届けてくれるなら、世界のどこに住んでも生きていけそうな気がしています。
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YouTubeがグレードアップ!!
2008/05/21
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このブログにYouTubeの事を書いても意味がなさそうですが、お好きな方もいらっしゃると思いますので、情報を一つ。
YouTubeがグレードアップしました。今までのYTは音は悪い、映像も悪いということでしたが、今度ハイクォリティーな映像・音声をサポートしました。ただ、まだそれが浸透していない、そしてシステムもそれがわかりづらい状態ですが、とりあえず見たい映像のURLの後ろに &fmt=18 と付けてみてください。ハイクォリティーバージョンがある場合は、それが表示されます。それを付けないとロークォリティーのまま。音も悪く、モノラルです。つまり、二種類のデータがあって、デフォルトではロークォリティーのものが表示されるということです。
ログインしてからアカウントの設定に行き、一番下の方にある、 Video Playback Quality という所を選んでください。そこでハイクォリティーを常に見るというオプションがありますので、それにすればOK。
あるいは、ビデオを表示させた状態で、下の方に Rate ってありますよね。★がならんでいるところ。そこの右を見てください。Views って見た回数が表示されているすぐ下に
watch in high quality
っていうのがあるはずです。これがトグルボタンになっていて、これを押すとハイクォリティーの物があればそれを見ることが出来ます。無ければ当然見えません。
お試しあれ。
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YouTubeがグレードアップしました。今までのYTは音は悪い、映像も悪いということでしたが、今度ハイクォリティーな映像・音声をサポートしました。ただ、まだそれが浸透していない、そしてシステムもそれがわかりづらい状態ですが、とりあえず見たい映像のURLの後ろに &fmt=18 と付けてみてください。ハイクォリティーバージョンがある場合は、それが表示されます。それを付けないとロークォリティーのまま。音も悪く、モノラルです。つまり、二種類のデータがあって、デフォルトではロークォリティーのものが表示されるということです。
ログインしてからアカウントの設定に行き、一番下の方にある、 Video Playback Quality という所を選んでください。そこでハイクォリティーを常に見るというオプションがありますので、それにすればOK。
あるいは、ビデオを表示させた状態で、下の方に Rate ってありますよね。★がならんでいるところ。そこの右を見てください。Views って見た回数が表示されているすぐ下に
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っていうのがあるはずです。これがトグルボタンになっていて、これを押すとハイクォリティーの物があればそれを見ることが出来ます。無ければ当然見えません。
お試しあれ。
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スパムに関して
2008/04/21
スパムメールというのがある。いわゆる迷惑メール。これとの付き合いもかなり長くなって来たので、大体一目でわかりますね。たまに大事なメールを迷惑メールと思って削除したり無視することもなくは無いのですが。 w
また、迷惑メールが来る理由というのもわかってきて、自分の大事なアドレスと、メルマガ用とか通販用とか分けて使って、大事な物が外に出ないようにするという手も有効。また迷惑メールには絶対に返事を出さないというのも鉄則ですね。受け取ったのがばれちゃいますから。
ま、そんなことでスパムメールに関してはそれなりに付き合い方がわかってきたのですが、最近困るのがブログとか掲示板に書き込まれるスパムコメント、あるいはスパムトラックバック。
私はここのブログとは別に、日頃の思いを書いているブログを持っているのですが、そちらへのスパムが酷いんです。コメントも多いですが、トラックバックがコメントの100倍ぐらいの数が付くようになりました。
スパムだけなら全部無視ですが、ちゃんとしたコメントやトラックバックがあるから困る。
どう見ても自動プログラムでコメントやトラックバックを付けているとしか思えないのですが、それを見分けるにはやっぱりそれを読むしかないんですね。これ が本当に困る。迷惑メールなら表題だけで読まずに削除出来ますが、コメントやトラックバックはいちいち読まないとわからない。
まるで関係ない内容ならそのまま削除ですが、この作業って大変。
そしてそのコメントの内容が明らかに本文と関係ないとか、広告であるとかならわかりやすいですが、別の意図を持った釣りコメントなのか本当のコメントなの かわからないケースが多いんです。いわゆる本文に関係のあるようなコメントなんですね。で、やっぱりコメントやトラックバックを付けてくれた人にはそれな りに敬意を持ってURLがあればそれをクリックしてみるわけですが、なんとそこはアダルトであったとか、出会い系であるというのがほとんど。
スパムメールより確実に釣られちゃいます。 www
迷惑メール防止法案とか罰則は強化されてきてるとはいうものの、このスパムコメントってどうなんでしょう。私が書いた本文に対するコメントと思えるようなあいまいな内容だとすれば、それをスパムだと認定するのは不可能です。
どうにかしてよねーーー。
必ず釣られちゃう自分も悔しいけど、コメントを見ないわけにはいかないし・・・・・・・・
このブログも今日作ったばかりですが、数時間の内にコメントがいっぱい付いていました。おおおと思って読んでみると、宣伝させてくださいという、まるで関係ないコメントばっかりでした。あーーあ。
でもまだお行儀がいいかな、なんてことも思いましたわ。広告させてくださいって書いてあるんだもの。
私の別のブログはひどいです。広告だかコメントだかわからないような、本物のコメントとも思えるような内容なんですから。でも、それがスパムだってのはわかります。
なぜか?
私のブログは日本語ですが、付いてくるコメントやトラックバックは全部英語。 www
また、迷惑メールが来る理由というのもわかってきて、自分の大事なアドレスと、メルマガ用とか通販用とか分けて使って、大事な物が外に出ないようにするという手も有効。また迷惑メールには絶対に返事を出さないというのも鉄則ですね。受け取ったのがばれちゃいますから。
ま、そんなことでスパムメールに関してはそれなりに付き合い方がわかってきたのですが、最近困るのがブログとか掲示板に書き込まれるスパムコメント、あるいはスパムトラックバック。
私はここのブログとは別に、日頃の思いを書いているブログを持っているのですが、そちらへのスパムが酷いんです。コメントも多いですが、トラックバックがコメントの100倍ぐらいの数が付くようになりました。
スパムだけなら全部無視ですが、ちゃんとしたコメントやトラックバックがあるから困る。
どう見ても自動プログラムでコメントやトラックバックを付けているとしか思えないのですが、それを見分けるにはやっぱりそれを読むしかないんですね。これ が本当に困る。迷惑メールなら表題だけで読まずに削除出来ますが、コメントやトラックバックはいちいち読まないとわからない。
まるで関係ない内容ならそのまま削除ですが、この作業って大変。
そしてそのコメントの内容が明らかに本文と関係ないとか、広告であるとかならわかりやすいですが、別の意図を持った釣りコメントなのか本当のコメントなの かわからないケースが多いんです。いわゆる本文に関係のあるようなコメントなんですね。で、やっぱりコメントやトラックバックを付けてくれた人にはそれな りに敬意を持ってURLがあればそれをクリックしてみるわけですが、なんとそこはアダルトであったとか、出会い系であるというのがほとんど。
スパムメールより確実に釣られちゃいます。 www
迷惑メール防止法案とか罰則は強化されてきてるとはいうものの、このスパムコメントってどうなんでしょう。私が書いた本文に対するコメントと思えるようなあいまいな内容だとすれば、それをスパムだと認定するのは不可能です。
どうにかしてよねーーー。
必ず釣られちゃう自分も悔しいけど、コメントを見ないわけにはいかないし・・・・・・・・
このブログも今日作ったばかりですが、数時間の内にコメントがいっぱい付いていました。おおおと思って読んでみると、宣伝させてくださいという、まるで関係ないコメントばっかりでした。あーーあ。
でもまだお行儀がいいかな、なんてことも思いましたわ。広告させてくださいって書いてあるんだもの。
私の別のブログはひどいです。広告だかコメントだかわからないような、本物のコメントとも思えるような内容なんですから。でも、それがスパムだってのはわかります。
なぜか?
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